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2020.02.26
原島 一男
‛Never eat more than one thing for luncheon.’
「ランチには、決して一品以上は召し上がらないようにして」
(サマセット・モーム作「ランチ」から)
小説や映画などの名作から選んだ美しい英語を紹介する連載。
そのフレーズが生まれた時代や背景を色濃く伝え、使った人の気持ちを具体的に表します。
それをじっくり観察することで、あなたの今の英語を鍛えあげましょう。
言うまでもなく、一つのフレーズだけでは、その作品の全貌をつかむことはできません。
しかし、それが、あなたの感性を刺激することもあるかもしれません。
これは、若いモームが経験したランチの様子。
久しぶりに出会った知り合いの女性とランチを共にすると、
その女性は「私はランチは一品以上は食べないんです」と言いながら、
シャンペンやキャビアなど贅沢な品物を注文して、モームの肝を冷やす、という話。
その頃の男性は女性の食事を負担するのが礼儀でしたから。
……But when I walked out of the restaurant I had the whole month before me
and not a penny in my pocket.
‘Follow my example,’ she said as we shook hands,
‘and never eat more than one thing for luncheon.’
‘I’ll do better than that,’ I retorted. ‘I’ll eat nothing for dinner tonight.’
‘Humorist!’ she cried gaily, jumping into a cab. ‘You’re quite a humorist!’
But I have had my revenge at last….
Today she weighs twenty-one stone.
(The luncheon by William Somerset Maugham)
しかしながら、レストランを出たときには、
私の一ヶ月分の金銭負担があるというのに、ポケットには、びた一文も残ってはいなかった。
彼女は握手しながら、こう言った。
「これからは私の例にならって、ランチには一品以上は召し上がらないようにして」。
これに対して私はやり返した。「いや、それどころか今夜は夕食抜きにしますよ」
「あら、ユーモアたっぷりのお言葉!」タクシーに飛び込みながら、彼女はほがらかに言った。
「あなたはユーモアがすごくお上手よ!」
さて、私はこの恨みをついにはらすことになった…。
彼女はいま百貫デブ(おデブちゃん)になっている。
(サマセット・モーム作「ランチ」から)
・follow my example = 私の例に従って → 私の例にならって
・I’ll do better than that = もっと良い方法があります
・I’ll eat nothing for dinner = 今夜は夕食抜きにします
・You’re quite a humorist! = ユーモアがすごくお上手よ!
・had my revenge = 自分の恨みをはらした
・twenty-one stone = 百貫デブ(おデブちゃん)
この「21の石」という表現は何だろう、と、親しくしているイギリス人に問い合わせてみた。
彼の返事:’A stone is an imperial unit of weight being equal to 14 pounds. So 21 stone would be 294 pounds or about 133 kilograms.’(石とは大英帝国の重さの単位で14パウンドです。ですから21の石とは約133キロを意味します)
原題の luncheon は 語源は「昼の飲み物」ですが、正式には昼食会、午餐会を指します。
モームの時代にはレストランでのランチもそう呼んでいたのでしょう。
最近では、レストランでの友人同士の昼食や自宅の昼食は lunch が一般的。
ウィリアム・サマセット・モーム (1874 - 1965) は20世紀前半に活躍したイギリスの小説家、劇作家。
フランス、パリ生まれ。10歳で孤児となりイギリスに渡り医師になり
第一次大戦では軍医、諜報部員として従軍しました。
1897年に第一作「ラムベスのライザ」(Liza of Lambeth) の成功から作家に転向、
「人間の絆」(Of Human Bondage)、「月と六ペンス」(The Moon and Sixpence)、
「劇場」(Theatre)、「クリスマスの休暇」(Christmas Holiday)、「要約すると」(The Summing Up) などの長編から
「雨」(Rain)、「園遊会まで」(Before the party) 、「コスモポリタン」(Cosmopolitan) などの短編集まで、
分かりやすい文体と物語展開の妙を評価され日本では英語教材に使われました。
なお、モームはいくつかの名言を残しています。その一つ。
「お金は第六感のようなものだ。これなしには他の五感もうまく働かない」
(‛Money is like a sixth sense without which you cannot make a complete use of the other five.’)
キーワードの一つ ‛more than one thing’ は、一つのもの 以上で、
more than は 以上のもの を表します。
二つ以上なら two more than 三つ以上なら three more than となります。
次に more than ~ をいくつかの映画から拾ってみましょう。
映画「愛と哀しみの果て」で、デンマークの資産家の娘カレン(メリル・ストリープ)は
スウェーデン男爵ブロア(クラウス・マリア・ブランダーウァー)と結婚し、
アフリカのケニアでコーヒー園を経営しますが、失敗。
そこで出会った冒険家デニス(ロバート・レッドフォード)と恋に落ち、彼の愛に支えられます。
二人の会話から。
KAREN: Why is your freedom more important than mine?
「どうしてあなたの自由は私の自由より大切なの?」
DENYS: It isn't! And I've never interfered with your freedom.
「そうじゃない。ぼくはきみの自由に干渉したことはない」
KAREN: No, and you... 「そうじゃないのね。
I'm not allowed to need you... 私はあなたを必要とすることも、
or rely on you... あなたに頼ることも、なにも許されないの!
I'm free to leave! 私はいつでも去る自由はあるわ!
But I do need you. でも、あなたが必要なの」
DENYS: You don’t need me. きみはぼくが必要ではない。
If I die, will you die? ぼくが死んだら、きみは死ぬか?
You don’t need me. きみは、ぼくを必要としてはいない。
You confuse. きみは、混同している。
You mix up, need with want. 必要と欲求を一緒にしている。
You always have. きみは、いつもそうなのだ」
-ー「愛と哀しみの果て」(Out of Africa 1985 監督:シドニー・ポラック 脚本:カート・リュードック)
次は「おしゃれ泥棒」から。ニコール(オードリー・ヘプバーン)とサイモン(ピーター・オトウワール)の会話。
自分の運転しているスポーツカーを示しながら。
SIMON: Pretty, isn’t she? 「きれいだろう?
Should do more than 150 miles an hour. 時速150マイル(240キロ)以上。
Useful for getaways, you see. 逃げるのに役に立つんだよ」
NICOLE: The robbery business 「泥棒の仕事って、とてもいいのね」
must be pretty good.
ー「おしゃれ泥棒」 (How to Steal a Million 1966年 監督:ウィリアム・ワイラー
脚本:ハリー・カーニッツ)
最後は、映画「七年目の浮気」から、リチャード (トム・イーウェル)が社長に休暇を申し出ます。
RICHARD: I'm not talking about money, 「ブラディ社長、私はお金のことを
Mr.Brady. いっているのではありません。
This is much more important お金よりもっと大切なことです。
than money. I want two weeks off. 2週間の休暇をいただきたいのです」
-「七年目の浮気」 (The Seven Year Itch 1955年 監督:ビリー・ワイルダー
脚本:ジョージ・アクセルロッド )
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原島 一男
Kazuo Harashima
一般社団法人内外メディア研究会理事長、ノンフィクション作家。慶應義塾大学経済学部卒業。ボストン大学大学院コミュニケーション学科に留学後、1959年NHKに入局。国際局で英語ニュース記者・チーフプロデューサーを務める。定年退職後、山一電機株式会社に入社、取締役・経営企画部長などを務める。現在、英語・自動車・オーディオ関連の単行本や雑誌連載の執筆に専念。日本記者クラブ・日本ペンクラブ会員。『店員さんの英会話ハンドブック』(ベレ出版)、『オードリーのように英語を話したい!』(ジャパン・タイムズ)、『なんといってもメルセデス』(マネジメント社)など、著書多数。