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2017.05.15
菅野 真一郎
(4)悪徳ブローカーに気を付けよう(その7)
③悪徳ブローカーの事例(その5)
今回は中央・地方の行政のトップあるいは行政機関が関わる案件でも注意(用心)する必要があるという事例をご紹介します。
大手アパレル繊維関係メーカーA社は日本の人件費高騰対策として、中国の沿海地域中堅都市の工業開発区に進出し、全量日本向けに輸出して業績を拡大、複数の工場を展開しています。 当該開発区でも優良納税企業として高い評価を得て、A社社長が工場視察のため訪中すれば必ず市長や副市長と会食・面談するほどの親しい関係を構築しています。
ところがある時、親しくなった建設部門担当の副市長から、当該市の郊外にゴルフ場を建設・運営してほしいとの打診があり、帰国後「どう考えたらよいか」と相談がありました。私は「ゴルフ場建設・運営」は「外商投資産業指導目録」上は「禁止項目」に指定されているので慎重に対処すべきこと、他の南方の都市でも似たような依頼が市政府要人からあったが、結局結実していない事例をお話して、「日本で経験のないゴルフ場経営よりも本業に邁進されてはいかがでしょうか」と申し上げ、断念していただきました。
すると今度は同じ副市長から、同じ省内の省都の郊外に数十万㎡の農地を所有する香港(華僑)企業を格安で買収できるという話を持ち掛けられました。私は「華僑企業なら『蛇の道は蛇』ということがあるかもしれませんが、純粋の日本企業(外資)が農地を保有して用途変更(農地転用)することはまず不可能に近く、相当のエネルギーと資金(工作費)を浪費する可能性が高く、絶対にやめてほしい」と申し上げ、納得していただきました。
するとまたもや同じ副市長から、当該市郊外での温泉開発(温泉郷建設計画)の話が持ち込まれ、A社社長も日本の地元の親しい老舗旅館のプロの温泉経営者も乗り気なのでぜひ検討してみたいとの相談がありました。2度ならず3度も「やめてほしい」と申し上げたら今後は我々がA社に出入り禁止になってしまうと思い、今回は「当該市には現在温泉はないので、先ず我々が現地視察したうえで意見を申し上げたい」と伝え、早速現地の支店長を伴い、現地視察を行いました。大きな工業開発区のさらに奥にある、現状は周辺が未開拓の荒野のような場所で、仮に温泉が湧き出るにしても、道路建設など相当のインフラ建設を行う必要があり、相応の費用負担の話が出てくる惧れもあるとの判断で、「日本では温泉経営のプロでも、都市建設・都市開発の素人が中国で初めてこのような大掛かりなプロジェクトに手を出すのは極めて危険だと思います」と申し上げました。
最初のゴルフ場建設から温泉開発の話まで1~2年の間に、3件も本業以外の儲け話を持ち込まれた事情は、A社社長が訪中した折、当該副市長との宴席で「進出して十年弱、お蔭さまで中国事業は順調で〇〇億円近い内部留保も溜まりました。いずれ中国にご恩返しを考えたい」と発言したのを、当該副市長が聞き逃すはずはなく、次々と儲け話を持ち込んでいることも判明しました。
A社はその間に中国マーケットの成長と拡大を目のあたりにして、本業での中国国内市場攻略の必要を痛感して、蓄積した内部留保を活用して他の沿海地域に敷地10万㎡の中国市場攻略拠点工場を建設して業績は順調に推移しています。ちなみに事情は明らかではありませんが、当該建設担当副市長は更迭されたということで、仮にA社が上述のいずれかのプロジェクトに関わっていれば、とても複雑な事態になっていたであろうことは想像に難くありません。
(つづく)
菅野 真一郎
Shinichiro Kanno
1966年日本興業銀行入行、1984年同行上海駐在員事務所首席駐在員、日中投資促進機構設立に携わり同機構初代事務局次長、日本興業銀行初代上海支店長、同行取締役中国委員会委員長、日中投資促進機構理事事務局長を経て、2002年―2012年みずほコーポレート銀行顧問(中国担当)、2012年4月より東京国際大学客員教授(「現代中国ビジネス事情」)。現在まで30年間、主として日本企業の中国進出サポート、中国ビジネスに係るトラブル処理サポートの仕事に携わってきた。