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2017.10.10
菅野 真一郎
(4)悪徳ブローカーに気を付けよう(その12)
③悪徳ブローカーの事例(その10)
今回ご紹介する事例も、プロの悪徳ブローカーではなく、平凡な在日中国人留学生と本国の父親がつるんで日本の事業家を騙して、数億円の不当利益を手に入れた事例です。
以前勤めていた銀行のある地方支店の有力新規取引先が某沿海大都市の比較的大規模な工業開発区の一角に日本企業向け標準工場をつくる計画があるという情報が寄せられました。しかも現地では日本のある日中関係団体の一つが、当該計画の説明会を開く話も伝わってきました。
当該大規模工業開発区については、私自身設立当初から企業誘致の手伝いをしてきていて、頻繁に出入りしていたのですが、その一角に日本企業向け標準工場をつくる話などトンと聞いたことがありませんでした。
銀行の現地支店の担当者を上記計画説明会に参加させ様子を聞いたところ、計画は標準工場を建設し、当該大規模工業開発区に進出する日本企業との取引を目指す日本の中小・零細企業の入居を目論むということでした。しかし日中関係団体の役員と担当者が説明にあたり、大規模工業開発区管理委員会の参加が無いという奇妙な説明会でした。
日本の地方支店の支店長が、当該標準工場建設を計画している新規取引先経営者A氏に聞いた話によると、以前からアルバイトで雇っていた“まじめな中国人留学生”から現地にいる父親と一緒に、大規模工業開発区に進出している、あるいは進出してくる日本企業に納品を目指す中小・零細部品メーカー向けの標準工場を作る話を持ち掛けられ、日頃のまじめな働きぶりから、その留学生の話に乗ることになったということでした。
私からは、上述のように当該大規模工業開発区に出入りしているが日本企業向け標準工場建設計画の話は聞いたことはなく、現地説明会での計画の中身も大雑把だったので、慎重に対応すべきと伝え、出来ればA氏に一度面談したいと申し入れました。
しかし当該支店からは「地元の有力経営者でようやく新規取引が出来たばかりなので、中国進出をやめるようなアドバイスをして怒りを買ったら元も子も無くなる」と言われ面談はかないませんでした。
すでに26百万元(当時の為替レートで約4億5,000万円)を現地に送金して、建物も建設しているという話でした。
私は納得がいかず、当該支店がある都市の老舗の繊維関係会社の親しい経営者に、A氏はどんな人物か尋ねたところすかさず「A氏は夫婦そろってお人好しで有名」という回答が返ってきました。想像するに、“まじめな中国人留学生”の口車にまんまと乗せられているらしいことがわかりました。
その後現地の標準工場なるものを視察して驚きました。当該大規模工業開発区の一角に、日本の時代劇映画の大名屋敷みたいに、“なまこ塀”風の斜め格子模様の漆喰壁(?)の塀に囲まれた敷地(2~3千平方メートル)の中に大きな和風の建物が完成しているようでしたが、中に入ってみると、建物は屋根と外壁だけで、中はほぼ伽藍洞、電気の配線も無く、留守番の中国人に聞くと老人ホームを作る予定だが詳しいことは知らないということでした。つまり日本から4億5,000万円を送金したものの、いつの間にか標準工場が老人ホーム的な和風の建物に変わっていました。土地代と建物工事費を合わせても中国人価格で1億円もかからないような代物でした。当該支店には、留学生父子にまんまと騙されているのではないかと報告して、本件はフォローをやめました。おそらくA氏は資金を送金して、それ以外は留学生父子にすべて任せるという典型的騙され案件ではないかと思いました。
ある日中関係団体が絡んで説明会を開いた経緯は分かりませんが、かかる杜撰な計画の説明会を開いたこと自体、極めて無責任と言わざるを得ません。
幸か不幸か、当該支店や上記老舗繊維関係会社の経営者の話では、A氏は相当の資産家で、数億円のロスなど全く問題にならないということではありました。“まじめな中国人留学生”にまつわる同種のトラブルは時々耳にするので、注意が必要です。
(つづく)
菅野 真一郎
Shinichiro Kanno
1966年日本興業銀行入行、1984年同行上海駐在員事務所首席駐在員、日中投資促進機構設立に携わり同機構初代事務局次長、日本興業銀行初代上海支店長、同行取締役中国委員会委員長、日中投資促進機構理事事務局長を経て、2002年―2012年みずほコーポレート銀行顧問(中国担当)、2012年4月より東京国際大学客員教授(「現代中国ビジネス事情」)。現在まで30年間、主として日本企業の中国進出サポート、中国ビジネスに係るトラブル処理サポートの仕事に携わってきた。