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2019.03.25
菅野 真一郎
5.進出地域の選定
① 1か所で全土対応は困難
中国進出にあたっては、広い国土(米国とほぼ同じ、日本の26倍弱)のどこに進出するかが事業の成否を決める重要なポイントの1つであることは言うまでもありません。業種(消費財-大衆顧客向け商品なのか、産業資材-部品、素材、原材料なのか)、進出目的(加工輸出型なのか、中国国内販売型-中国マーケット狙いなのか)、工場立地要件(原料立地なのか、消費立地なのか)等様々な角度から入念な調査・検討が必要です。最近は国内販売でもeコマース(インターネット商品・サービス小売り)など、いろいろなアクセスルートがあります。それらの検討はここではひとまず脇において、中国国内での製造拠点の進出地域の考え方における共通のポイントを挙げれば、先ず、1ヶ所の現地法人、工場で中国全土をカバーするのはとても無理があるということです。
理由の1つに、一昔前は物流のネックと言われておりました。中国の高速道路網は15年前の2003年末現在29,800kmと公表されておりました。これは米国の89,000kmの3分の1で、中国の高速道路網整備は未だ発展途上にありました。(ちなみに日本~国土面積は中国の26分の1~は7,000km弱でした)。したがって、陸上自動車輸送だけで遠隔地にタイムリーに品物を届けるのはまだまだ障害が多く、他の輸送手段との組み合わせや、工夫が必要と言われておりました。トラックの長距離輸送の場合、途中で荷物の積み替えや運転手の交替があり、上海から送ったステレオが2,150km離れた重慶に着いた時はレンガになっていたり(日本の某大手AVメーカー)、広州から送ったエアコンが1,650km離れた上海で丸太棒に化けていたり(日系の物流会社の事例)、途中山賊まがいの集団に通行料をせしめられたりといった事故を仄聞しました。
ただしこれは過去の事例で、最近は高速道路の整備が急ピッチで進み、これに伴い輸送上のトラブルも減少してきています。とりわけ日系の物流・運送会社の経験の蓄積と拠点展開により、少なくとも沿海地域における物流関係の信頼性が相当高まってきていることは確かです。また、事業開始初期の物流ルート開拓段階では、上述のような古典的トラブルに巻きこまれる可能性は否定できませんが、2回、3回とルートチェックをすることにより、安全なルート確保の目途が立つというのが昨今の経験者の話です。ただし、まだ内陸、奥地への輸送では引き続き警戒が必要です。日本から新疆ウィグル自治区向けの医療機械設備を輸出した時に、担当した日本の運送会社が同自治区に駐在する解放軍の護衛をつけて、天津港から無事品物を送り届けたという工夫と経験は、この辺の事情を雄弁に物語っています。中国の高速道路網は2017年末136,600㎞、アメリカ(2008年94,000㎞)を抜いて世界一の高速道路網を誇ります。
中国の鉄道網は2002年末71,500kmで、当時の米国の212,433kmや日本の27,400kmに比べればやはり発展途上と言われておりましたが、2017年末は12万7,300km(2007年アメリカ224,792㎞、日本27,182㎞)、経済成長押上げの景気刺激策は「鉄道建設」と言われるほど、公共投資の代表格で充実が図られております。中国の鉄道輸送の大きなメリットは自動車輸送に比べコストが格段に安いということですが、鉄道輸送の70%は、軍需物資、食糧、石炭で占められるため、民間企業とりわけ外資企業が安定的に貨車を確保するのは極めて困難と言われております。さらに、どうしても一時に大量の輸送を余儀なくされます。また、貨物列車の時刻表は今でも非公開のため、工場生産の工程に合わせてタイムリーに物を運ぶのが難しく、この面からも鉄道輸送の利用はなかなか難しいと言われております。
以上のように物流のハード、ソフト両面共に中国は発展途上にあり、遠隔地にタイムリーかつ安全に物を運ぶには解決すべき課題が多いのが実情です。
1ヶ所の工場で全土対応が困難な2つ目の理由は、売上債権回収問題です。
中国には手形法がありますが、何回不渡りを出してもペナルティはなく、また日本のように全国統一の手形決済制度がありません(日本のような全国統一の手形決済制度の存在は世界的にも珍しいと言われておりますが・・・)。したがって、遠隔地に物を販売してそれを手形で回収するのはむしろ危険でもあります。また中国では、長年の社会主義・全体主義体制で“ある時払いの催促なし”の習慣が定着し、買った代金をきちんと支払う習慣が薄れてきているようです。“いかに代金支払いを先延ばしするかが財務担当者の腕の見せ所”というのもあながち言い過ぎではないようです。“三角債”(原材料メーカー、製品メーカー、販売店の3者間の代金未払債務の付け回し)という一般名詞が存在するくらい、代金未払いは広く一般化しており、したがって遠隔地に掛売りするのは即ち代金回収不能を意味するといっても過言ではありません。
親しくなった自動車部品メーカーの40歳代の女性社長から「代金回収の6カ月は違和感がない、通常です」と言われ、日本との大きなギャップを感じました。
② 5つの経済圏
中国の2017年1人当りGDPは全国平均8,800ドルと低いレベルですが、1万ドルを超える比較的経済集積度の高い経済圏が少なくとも5つはあります。東北地区(遼寧省、黒龍江省、吉林省)、華北地区(北京市、天津市、河北省、山東省)、華中地区(重慶市、四川省、湖北省)、華東地区(上海市、江蘇省、浙江省)、華南地区(福建省、広東省)でその人口はいずれも1億~1億7,000万人、日本の国が1つすっぽり入る規模です。従って、とくに大衆顧客向け商品の場合等は、まずこれらの地域のいずれかに的を絞って進出地域を選定するのが1つの考え方ではないかと思います。
資生堂はまず北京市に進出し、次に上海市を攻め、現在全国展開を実現しております。サントリーは江蘇省での合弁の失敗を踏まえて、独資でまず最大の経済都市上海市を攻略し、シェア40%以上を確保した上で、次に隣接する江蘇省、次に浙江省を攻め、華東地区1市2省1億6,104万人のシェア40%を目指しているように思います。イトーヨーカ堂は北京市での大型スーパー展開を行い(ただし現在は店舗不動産の賃料高騰で縮小気味)、系列のセブンイレブンも北京市からコンビニ展開をスタートしました。ローソンは、上海市を中心に店舗を展開しており、今後の出店計画も上海地区に的を絞っております。二輪車で重慶市に進出したホンダは、ここで中国事業のノウハウを培い、乗用車ではまず来日した李鵬総理の要請で広州汽車と合弁し、次に独自の判断で武漢の東風汽車と合弁し全国を伺い、さらにどのメーカーよりも早く中国からの乗用車輸出に着手しているようにみえます。
日本や欧米の自動車メーカーは、長春、天津、北京、上海、広州、そして武漢、 重慶と全国的に点在しており、自動車部品メーカーおよびその2次下請、3次下請メーカーは、どこに進出したらよいのか大変迷うケースがよくあります。私はまず最も親しいあるいは取引可能性の高いメーカーに近接する地域に進出し、確実に商売を確保し、中国事業のノウハウを蓄積し、人材育成を図るべきではないかと考えます。比較的短い期間に高速道路網の整備も進み、他地域へのアクセスも改善されるとともに、会社自身中国事業にも慣れ、第2拠点、第3拠点の展開を容易に考えられる水準に達してくるのではないかと思います。1990年代前半に中国進出をお手伝いした多くの事業経営者から「苦労は多かったが、あの時進出を決断して良かった。今、第2拠点、第3拠点を考えるのに、それ程迷わずに検討をすすめている」という声が寄せられております。
-つづく-
菅野 真一郎
Shinichiro Kanno
1966年日本興業銀行入行、1984年同行上海駐在員事務所首席駐在員、日中投資促進機構設立に携わり同機構初代事務局次長、日本興業銀行初代上海支店長、同行取締役中国委員会委員長、日中投資促進機構理事事務局長を経て、2002年―2012年みずほコーポレート銀行顧問(中国担当)、2012年4月より東京国際大学客員教授(「現代中国ビジネス事情」)。現在まで30年間、主として日本企業の中国進出サポート、中国ビジネスに係るトラブル処理サポートの仕事に携わってきた。