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2019.07.29
菅野 真一郎
6.合弁パートナーの選定(3)
(5)本社訪問、工場見学は必須―早い段階で実施を!
正に「百聞は一見に如かず」(“百聞不如一見”)で、合弁相手を総合的に判断するには欠かせません。合弁交渉では毎回話がどんどん膨らみがちですから、極力早い段階で実行していただきたいと思います。勿論互恵平等の観点から、日本側も自社の本社訪問や主力工場見学を提案することも必要です。
チェックポイントは、本社事務所や工場の整理・整頓状況、清掃状況(事務所、工場はじめ、廊下、階段、トイレなど、社員食堂も福利厚生の水準を推測するのに参考になります)、部品・原材料・製品の在庫状況、保管状況などです。もちろん社員・従業員の勤務態度、服装、規律性(きびきびした動き)などもよく観察する必要があります。
合弁交渉や打ち合わせがいつもホテルのロビーや会議室というのは要注意です。
日本でユニークな技術を有する中堅薬品製造販売会社A社が、中国での薬品類の全国販売権を有すると称する吉林省長春に本社を構える日系の薬品販売会社B社から、中国における販売総代理店契約締結の申し出がありました。きっかけはA社の決算説明会、事業計画説明会に出席していたB社が、名刺交換の時「事業計画にある中国展開のお手伝いをしたい」と申し入れたものです。
そもそも外資企業が中国全土での医薬品販売を行うハードルは今でも相当厳しいだけに、A社も全国販売権を有するというB社に興味を持ち、しばらくして我々に相談がありました。A社からの話では、打ち合わせはいつも深圳や上海のホテル会議室、長春は遠いので行ったことはないということでした。全くの偶然ですが、B社は別の電気部品関係の分野で日本の中堅企業を不実な取引で倒産に追い込んだいわくつきの会社と同じ経営者であることがわかり、念のため私が勤める銀行の大連支店長に長春の本社の様子を調べてもらいました。結果は、「本社住所のビルは存在し、テナントのB社の部屋には看板が掲げてある。しかし入口のドアの内側には段ボールが積みあがっていて中に入れず、人が働いている気配もない」というもので、写真も添付されておりました。とても全国販売権がある活発な会社の雰囲気は感じられないということで、上記の不実な取引内容も考慮して、契約は慎重を期すべきというアドバイスをしました。われわれの報告に対して、A社役員が担当部長に「早く本社を見てくるように」指示していたこともわかり、納得していただきました。
日本の大手ドラッグストアA社から、上海の大手百貨店グループの孫会社の通信販売会社B社から上海進出慫慂の話があるが、「親会社の政治力で薬の小売販売も可能、半年後の上海万博に間に合わせたいので至急決断を」と迫られているが、どう思うかとの相談が寄せられました。上海側関係者が来るので面談立会いも要請されました。話を聞くと薬の小売りが認められる具体的根拠や見通しの話はなく、急げ、急げの一点張り、ダメなら別の業界大手企業が興味を示しているという、中国ではよくあるいかがわしい話の典型でした。A社によれば上海での打ち合わせはいつもホテルのコーヒーショップということでしたので、私はすぐに上海に出張し、B社の本社を見に行きました。B社は大型高層ビルのワンフロアの半分を占めるテナントですが、ドアが開いている通信販売受付の電話ブースがある部屋では、オフィスアワーにもかかわらず若い担当者が机に腰かけおしゃべりに興じている様子が見られ、扉が開いている隣の商品倉庫と思しき部屋には金属製の商品棚が敷き詰められ、ところどころに商品が乱雑に置かれ、空の段ボール箱が棚や床に放置されている状況を見て、まともな事業運営状況ではないと感じ、その旨A社役員に報告しました。
ほどなく別の業界大手C社が、B社と合弁で薬の小売りを目玉とするドラッグストアで上海に進出するとの新聞報道がありましたが、結果は2年を経ずして「撤退」でした。
1990年代初頭、大手医療機器メーカーが中国進出の手始めに上海の大手国有企業と注射器の合弁事業を計画し、先ず本社を訪問し工場も見せていただきました。社長が言うには「教育・訓練してもとても良質の製品を作れるレベルではない」と判断し、合弁を断念しました。当時独資企業に対しては製品の50%以上を輸出することが義務付けられていましたが(現在は100%国内販売可能)、上海郊外で独資の注射器製造販売会社を立ち上げました。中国事業の経験・ノウハウを積み、その後今日に至るまで当社の主力大型医療機器も含めて全国展開をしている成功事例でもあります。
合弁パートナー選定では、当該中国側パートナー候補と取引している日系企業からの情報収集も欠かせません。製品の品質や納期の約束履行状況、代金の支払い状況、社員や従業員の質や勤務態度、規律性などです。もし他の日系企業が当該合弁パートナー候補と合弁事業をやっているのであれば、労働組合(“工会”)の存在と活動状況ヒヤリング、党委員会の有無も大いに参考になる情報です。中には党委員会を合弁の条件にしている大手国有企業グループの例もあります。そのような合弁事業に派遣されている日本人駐在員は、夕食に誘うと、「新しくどんな合弁事業を考えているのだろう」という好奇心もあり、意外に気安くヒヤリングに応じてくれる例が多いのが経験則です。「こんな苦労はして欲しくない」と率直な意見を開陳してくれる事例もありました。
(この項つづく)
菅野 真一郎
Shinichiro Kanno
1966年日本興業銀行入行、1984年同行上海駐在員事務所首席駐在員、日中投資促進機構設立に携わり同機構初代事務局次長、日本興業銀行初代上海支店長、同行取締役中国委員会委員長、日中投資促進機構理事事務局長を経て、2002年―2012年みずほコーポレート銀行顧問(中国担当)、2012年4月より東京国際大学客員教授(「現代中国ビジネス事情」)。現在まで30年間、主として日本企業の中国進出サポート、中国ビジネスに係るトラブル処理サポートの仕事に携わってきた。