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2017.05.15
北原 敬之
以前このコラムで、「訴訟社会アメリカの怖さ」についてお話ししました。(2015年4月のコラム№14参照)
元々、日本企業は、コンプライアンス意識が高く、法律違反やルール違反にならないよう細心の注意を払っているため、実際に法律に違反するような事案はほとんどありません。アメリカに進出している日本企業の皆さんのご努力に敬意を表しますが、1つだけ気がかりなことがあります。それは、訴訟に対する「備え」が十分かということです。「備え」とは、訴訟を起こされた場合に「自社に法律違反が無かった」ことを立証できるだけの「Evidence(証拠)としてのDocument(文書)をきちっと作成し保存しておくこと」です。今回のコラムでは、訴訟社会アメリカで自分の身を守るための「EvidenceとしてのDocument」という視点で考えてみたいと思います。
日本企業は、「性善説」をベースとした文化なので、「自分が正しかったことを証明するための証拠を残す」という意識が伝統的に低いように感じます。いざ訴訟になったら、実際に法律違反が無くても、「法律違反が無かったことを証明する証拠」を示すことができなければ、訴訟に負けてしまいます。具体例で説明しましょう。
ある日本企業のアメリカ拠点(A社とします)では、リタイアしたアメリカ人広報マネージャーの後任を採用すべく、求人活動を行い、応募があった候補者30名の中から、数回の選考を経て、30代の白人男性Bさんを選び、正式採用しました。ここまでは、どこの企業にもある普通の採用ですが、A社の場合は、選考で不採用になった候補者のうち3名(Cさん・Dさん・Eさん)から訴えられました。訴訟理由は、Cさんは「年齢差別」すなわち「自分が不採用になったのは年齢が60歳を過ぎているためだ。」、Dさんは「性差別」すなわち「自分が不採用になったのは女性であるためだ。」、Eさんは「人種差別」すなわち「自分が不採用になったのはアフリカ系アメリカ人であるためだ。」ということでした。A社では、能力・経験・人柄などを評価してBさんを選んでおり、選考のプロセスは公平・公正で、もちろん年齢差別・性差別・人種差別などはありません。しかし、訴訟を起こされた以上、A社は差別が無かったことを自ら証明する必要があります。そこで重要になるのがEvidence(証拠)です。採用選考のプロセスがDocument(文書)としてきちんと保存されていれば、それがEvidenceになります。
まず第一は、公募したポジションに必要な要件(能力・経験・学位など)が明確になっていることです。第二に、選考に当たっては、複数(できれば3名以上)の面接官が、各候補者を面接し、面接でのやり取り(質問・回答・会話)を記録しておくことです。3名以上としたのは、面接官が少ないと、偏った見方をしていると批判される恐れがあるためです。第三に、各候補者について、必要要件を満たしているかどうかや、面接した結果を評価して、それらを点数化して保存しておくことです。手間がかかりますが、これらのDocumentが、いざ訴訟になった際に、法律違反が無かったことを証明するEvidenceになることを、理解してください。
A社の例は採用に関わる訴訟ですが、他の日本企業でも、昇進・昇格について、昇進・昇格できなかった社員が、性差別・人種差別が原因として会社を訴えるケースが見受けられます。A社の例と同様に、昇進・昇格に伴うアセスメント(評価)や意思決定が公平・公正に行われていることを証明できる「EvidenceとしてのDocument」が重要です。訴訟社会アメリカで会社や自分を守るためには、「正しいことをする」だけでは不十分で、「正しいことをしたことを証明できる証拠を残す」ことが必須です。
アメリカでビジネスをしていると、訴訟と無縁ではいられません。もし訴えられたら、まずは弁護士に相談されることをお勧めしますが、アメリカの弁護士は「玉石混交」ですので、信頼できる「玉」(料金は高いですが)の弁護士を選んでください。
北原 敬之
Hiroshi Kitahara
京都産業大学経営学部教授。1978年早稲田大学商学部卒業、株式会社デンソー入社、デンソー・インターナショナル・アメリカ副社長、デンソー経営企画部担当部長、関東学院大学経済学部客員教授等を経て現職。主な論文に「日系自動車部品サプライヤーの競争力を再考する」「無意識を意識する~日本企業の海外拠点マネジメントにおける思考と行動」等。日本企業のグローバル化、自動車部品産業、異文化マネジメント等に関する講演多数。国際ビジネス研究学会、組織学会、多国籍企業学会、異文化経営学会、産業学会、経営行動科学学会、ビジネスモデル学会会員。