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2017.06.09
北原 敬之
TPP(環太平洋経済連携協定)離脱に始まり、最近の「パリ協定」(COP21で採択された地球温暖化対策の新しい国際ルール)離脱に至るまで、アメリカのトランプ大統領が次々打ち出す政策に世界中が振り回される日々が続いています。筆者は専門家ではないので、トランプ氏の政策そのものについてはコメントしませんが、アメリカの新聞に出ていた「トランプ大統領は多国間の“協議”よりも二国間の“交渉”を好む。」という記事を読んで、あらためて、トランプ氏がビジネスマン出身であり、アメリカのビジネスマンの武器の1つが「交渉力」であることを思い出しました。彼はビジネス社会の交渉術を政治の世界に持ち込んでいるのかもしれません。
アメリカは「契約社会」 とよく言われますが、契約には交渉が付き物であり、同時に、「交渉社会」でもあります。今回のコラムでは、アメリカのビジネスを理解する上で重要なキーワードである「Negotiation(交渉)」について考えてみたいと思います。
筆者も、二度のアメリカ駐在時代に、多くの「Negotiation(交渉)」に直接あるいは間接的に関わった経験がありますが、その時に感じた率直な感想は下記の通りです。
①「農耕民族・定住型村社会文化」の日本人にとって、交渉とは、できるだけ対立を避け、双方の言い分をうまく反映した穏便な形で結論を出す「合意形成」であるのに対して、「狩猟民族・移動型競争社会文化」のアメリカ人にとっての交渉は、自分の言い分をどれだけ相手に認めさせることができるかの「条件闘争」のように感じました。交渉を始める以前に、まず、この基本スタンスの違いが、アメリカ人と日本人の交渉力の差になっていると思います。
②日本人は、相手の気持ちを慮って言いたいことを言わずに沈黙することもありますが、アメリカ人は言いたいことは全部口に出して言います。日本のような「察しの文化」が存在しないアメリカでは、言葉にしなければ伝わらないのです。「交渉とは言葉という武器を使った戦いである。」と言っても過言ではありません。
③アメリカ人(特に弁護士)はよくしゃべります。「タフ・ネゴシエーター」 と呼ばれる交渉上手なアメリカ人は、いわゆる「マシンガン・トーク」で、言葉による駆け引きを通じて、丁々発止、押したり引いたりしながら、交渉を進めていきます。伝統的に「おしゃべりは軽く見られる」と言われて、「沈黙を貴ぶ文化」の中で育った日本人にはなかなか真似できません。
④筆者は言語学の専門家ではありませんが、文法が複雑で曖昧な表現になりやすい日本語よりも、シンプルで論理的に表現しやすい英語の方が構造的に「Negotiation」に向いているように思います。
⑤日本企業のマネジメントは伝統的にボトムアップが基本になっていますが、それが交渉の進め方にも影響していて、「ややこしい交渉や細かい交渉はミドル以下が行い、交渉がほぼまとまった段階ではじめてトップが交渉の席に出てくる。」というパターンが多いですが、アメリカ企業では、マネジメントと同様に、交渉もトップダウンで行われる多く、交渉の最初からトップが出てくることも珍しくありません。
⑥もう1つ大きな違いは「スピード」です。前述したように、日本企業の交渉はミドル以下が行うため、実務に精通しているというメリットがある反面、交渉相手から新たな提案や打診があった場合には、一旦持ち帰ってトップにお伺いを立てることになるため、交渉の進行に時間がかかるというデメリットがあります。これに対して、アメリカ企業は、トップが自ら交渉します。つまり、意思決定できる人物が交渉するため、新たな提案や打診にもその場で判断してYES/NOが言えるため、スピーディーな交渉が可能になります。
⑦日本人ビジネスマンの英語力の進歩は著しく、皆さんのご努力には筆者も敬意を表しますが、残念ながら、「マシンガン・トーク」のアメリカ人ビジネスマンとの長時間にわたる交渉ができるタフな英語力の持ち主はまだまだ少数派です。交渉には、英語とビジネスの両方に精通したハイレベルなプロの通訳(料金は高いですが)を同席させることをおすすめします。
日本企業のグローバル化に伴って、日本人ビジネスマンの交渉力も格段に向上しましたが、アメリカ人ビジネスマンとの「ガチンコ勝負」の交渉になると、まだ安心できるレベルとは言えません。交渉には、「英語力」や「コミュニケーション力」に加えて、相手との駆け引きに負けない「胆力」「決断力」や、長時間の厳しい交渉に耐えうる「集中力」「体力」が必要です。アメリカ人並みの交渉力を持った人材を育てるには、企業の内部育成だけでは不十分で、大学での「Debate」教育の導入やビジネススクール(MBA)等での「Negotiation」教育の充実など日本全体で考えるテーマだと思います。日本人は交渉の席では常に友好的・紳士的で、それが日本人に対する信頼を高めていることは否定しません。しかし、もし、「日本人の交渉力はたいしたことない」と外国から思われているとしたら、ちょっと悔しいですね。
北原 敬之
Hiroshi Kitahara
京都産業大学経営学部教授。1978年早稲田大学商学部卒業、株式会社デンソー入社、デンソー・インターナショナル・アメリカ副社長、デンソー経営企画部担当部長、関東学院大学経済学部客員教授等を経て現職。主な論文に「日系自動車部品サプライヤーの競争力を再考する」「無意識を意識する~日本企業の海外拠点マネジメントにおける思考と行動」等。日本企業のグローバル化、自動車部品産業、異文化マネジメント等に関する講演多数。国際ビジネス研究学会、組織学会、多国籍企業学会、異文化経営学会、産業学会、経営行動科学学会、ビジネスモデル学会会員。