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COLUMN コラム

日本人ビジネスマンの見た  アメリカ

2018.09.18

「日本人ビジネスマンの見たアメリカ」49 『年齢差別』(age discrimination)

北原 敬之

モニュメント・バレー

 最近、人手不足を背景として、定年退職者の再雇用制度を導入・拡充する企業が増えています。今年63歳になる筆者としては、同世代のビジネスマンたちが活躍できる機会が増えることはうれしいことですが、同時に、心配な点もあります。 「定年退職前と同じ仕事をしているのに、再雇用で賃金が下がるのは不当。」として企業を訴える訴訟が増えていることです。日本人的な感覚で言えば、「定年後も雇ってもらえるのだから文句を言うな」ということかもしれませんが、もし、同じことがアメリカであったら、どうでしょうか?結論から言えば、「定年退職制度」そのものも「再雇用での賃金低下」も、アメリカでは「年齢差別」(age discrimination)に該当します。今回のコラムでは、「年齢」という切り口から日本とアメリカの「雇用」を比較してみたいと思います。

 まず理解する必要があるのは、日本人とアメリカ人の「年齢」に対する感覚の違いです。この違いは、日米の歴史・文化の違いに起因します。「定住型農耕民族・共生社会」の日本では、組織運営の中で「年齢」が重要な要素になりますが、「移動型狩猟民族・競争社会」のアメリカでは、組織運営は「能力」本位で、「年齢」は関係ありません。したがって、日本では、いわゆる「年功序列」は薄れたとは言え、今でも昇進・昇格の際には「年齢」が考慮されます。また、一定の年齢(60歳が多い)に達すれば、全員一律で「定年退職」します。定年退職後の再雇用では、定年前よりも賃金は低くなりますが、誰も文句は言いません。それに対して、アメリカでは、雇用(採用・配置・昇進・処遇)はすべて能力本位であり、能力と関係のない要素(年齢・人種・宗教・性別など)は徹底的に排除されます。これが、アメリカの「雇用機会均等法」(Equal Employment Opportunity Law)の考え方です。そして、雇用のプロセスに能力と関係のない要素を持ち込むことを「雇用差別」(employment discrimination)と呼び、「年齢差別」「人種差別」「性差別」などがありますが、地域毎に「雇用機会均等委員会」(EEOC:Equal Employment Opportunity Commission)と呼ばれる公的機関が設置され、「雇用差別」を防止・監視する役割を果たしています。

 日本企業のアメリカ拠点も、知識と経験の蓄積に伴って、アメリカの厳しい「雇用機会均等法」に対応できるようになってきましたが、まだ完璧とは言えず、「昇進できなかった社員」「解雇した元社員」「不採用になった入社希望者」などから「雇用差別」として訴訟を起こされるケースも見受けられます。筆者の実感では、「人種差別」「性差別」については非常に敏感で細心の注意を払っているように見えますが、「年齢差別」についてはやや敏感さが足りない傾向があるように感じます。また、「雇用差別」をしていないことを立証するエビデンス(証拠)をきちっと残しておくことが訴訟から自分の身を守る重要な手段であることも忘れないでください。

 次に、日本の「定年退職」と「再雇用」について考えてみましょう。定年退職制度は、歴史的に見ると、「組織の新陳代謝を図り、若い世代の雇用機会を確保する。」という意味で、日本経済の発展に寄与してきたと思いでますが、今後はどうでしょうか。「一定の年齢に達したら全員一律で退職する」というシステムは、集団主義で横並び意識の強い日本では、ある意味「平等」な方法ですが、個人差を無視しているという欠点があります。筆者と同世代の人たちを見ても、知力・体力とも40代・50代と変わらない若々しい人もいれば、逆に70代にしか見えない老けた人もいます。「働く意欲」が強い人もいれば、「のんびりしたい」と思っている人もいます。個人差が大きいのです。個人差が大きいのに全員が同じ年齢で一律退職するというシステムはそろそろ限界に来ているように感じます。現時点では、日本のビジネスマンは、定年になれば、不満はあっても黙って退職していきますが、いずれ「全員一律の定年退職は年齢差別である」として訴訟を起こすビジネスマンが現れるかもしれません。全員一律でなく、個人差(知力・体力・意欲)を反映できる「選択定年制」のような新たなシステムを構築する必要があるのではないでしょうか。

 「定年退職者の再雇用」については、前述のように既に訴訟が起きていますが、問題は、賃金が定年前より下がることです。再雇用を実施している企業の平均で、定年前より30%下がると言われています。「定年前は正社員で、再雇用では嘱託社員」というパターンが多いので、正社員と嘱託社員の賃金差という理由だと思いますが、定年前と全く同じ業務で業績も同様なのに賃金が下がるという状態は、再雇用者のモチベーションに影響するでしょう。もう1つの問題は、再雇用者の賃金が一律であることです。再雇用者は、年齢的に、個人差(知力・体力・意欲)が大きい世代にも関わらず、個人差を無視して賃金が一律というシステムには無理があるように感じます。全員一律というやり方は、「一見平等、実は不平等」ではないでしょうか。

北原 敬之

Hiroshi Kitahara

PROFILE

京都産業大学経営学部教授。1978年早稲田大学商学部卒業、株式会社デンソー入社、デンソー・インターナショナル・アメリカ副社長、デンソー経営企画部担当部長、関東学院大学経済学部客員教授等を経て現職。主な論文に「日系自動車部品サプライヤーの競争力を再考する」「無意識を意識する~日本企業の海外拠点マネジメントにおける思考と行動」等。日本企業のグローバル化、自動車部品産業、異文化マネジメント等に関する講演多数。国際ビジネス研究学会、組織学会、多国籍企業学会、異文化経営学会、産業学会、経営行動科学学会、ビジネスモデル学会会員。

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