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by Link and Motivation Group

　北欧の７月はまさに百花繚乱。短い夏の間に、花々は種の生き残りを賭けて、昆虫達の受粉を誘う。シーボルトが日本から持ち帰った400種を超える花の種が原産、と言われるものも多くある。中でも、彼がこよなく愛したと言う紫陽花（あじさい）はポリ郊外の街道沿いに、和の香りを漂わせながら、美しく咲き誇っている。

　そんなある日の午後、ポリ職業大学で映画学を教えるペトリ教授から電話が入った。彼は私のレストランの開店当時から　私を主人公にした映画を撮り続けている。作務衣を着て接客する私に興味を持ったようだ。

　撮影は監督以外に最小限、照明技師とカメラマンが必要であるから、撮影は月に一度程しか行われない。又、プライバシーの侵害を避けるために、客が帰った深夜に限られる。映画が完成するまで、あと何年かかるか見当がつかない。

　彼からの電話の内容は：　デミーと言う名の女子学生が昨夏スゥエーデンを旅行した。知り合った人達から、女優になったら？と言われ、真に受けた彼女は、彼の映画学を受講するようになった。クラスでは実技も体験する。

　彼女は美人だが、女優になる為の資質が欠けている。稽古なのに緊張が解けず、表情が硬い。女優になるためには、より緊張する多くのオーディションを通過せねばならない。娘の希望を叶えさせたいという母親を連れて、これから私の店に来る、との事だった。

　教授はいつも私に、フィンランドの人口は高々５５０万人で、大ヒットしても観客の数は数十万人に過ぎない。これでは製作費が出ない。ハリウッドでは製作費に数百億円が投じられる事もあるが、フィンランドで史上最大規模の映画の製作費でも10億円程度だ。集客能力のあるのは戦争映画だけと言ってよい。

　戦時に撮られたアーカイブを、撮影場面に織り交ぜて、製作費を抑えている。戦争映画にも女性は登場するが、人数は極めて限られている。

　私は公私を通して、日本映画界の関係者と交流があった。舞台女優や新人俳優を支えるファンクラブの幹事まで押し付けられた事もある。よって、彼らの下隅時代の厳しい生活はよく知っている。教授はこの辺りを、私の口から母親に話させようとしているのだ。教授に連れられてきた母親は、ブロンドの上品な中年女性であった。

　母親は自己紹介の中で、『私はドイツで生まれ、子供の頃から映画もお芝居もよく観に行きました。娘の女優になりたい希望を是非かなえてあげたい』と言った。どうやら彼女は、かつて貴族に支えられたオペラやシェクスピアの演劇、そして今では都市が支える交響楽団やアパレル企業が開催するファッションショーを思い浮かべ、娘が舞台に上がるのを非常に誇らしい事と思っているようだ。
　
ペトリ教授が私に期待するのは、日本のような大きな芸能市場があっても、夢が叶えられるのは、ごく一部の人だけだ、と言う事を母親に聞かせて、諦めさせようと考えているのは明白だった。

そこで私は、一昔前の映画界の裏話を話した。『役が欲しい新人女優は、日本でもアメリカでも、パワハラやセクハラの恰好の対象でした。女優を目指したが故に、転落する人も多く、ポルノ女優やコールガールになったという話は山ほどありました』と、（私の悪い癖が出て）いきなり刺激的な話をした。

　すると彼女は『映画女優がだめなら、“舞台女優でも良い”と娘は言っています。映画の製作本数は少ないでしょうが、演劇の舞台なら各地にあります』と言った。それを聞いた教授が、『映画と舞台とは全く違います。舞台装置も音響効果もまるで違うので、私が教えている事と、大きな隔たりがあります。舞台俳優たちは大きな声とメリハリの効いたゆっくりした話し方、大げさとも見えるほどの演技をしなければならないのです。だから映画俳優が舞台俳優として成功するのは極めてまれです』と、少し怖い顔で話をした。

　そして私は、『日本の歌舞伎という言葉は聞いた事がありますよね。歌舞伎は、出雲阿国（いずものおくに）という女性が、河原にしつらえられた舞台で、妖艶な舞を披露した事が原型と言われています。今でこそ歌舞伎は繁栄し、栄誉賞をもらう役者もいますが、もともと日本で役者は“河原乞食”と呼ばれていました』と追い打ちをかけた。

　その後、名が売れるまでの映画俳優の下隅生活の厳しさや、今でも親しくしている中小劇団の舞台女優の生活ぶりを話した。彼女は歴史ある劇団のトップ女優として長く活躍してきたが、収入のほとんどは売れ残った切符を買い上げて、知人友人を招待していた。パトロンを持つことを嫌った彼女のアパートには今だエアコンが無い、と言う話までした。

　私はまだその娘さんを見た事が無いが、一つの映画に美人は多くはいらない。主演女優を引き立てる脇役や、セリフをもらえなくとも自然な動作をこなす人達が求められているのだ。「女優がだめならファッションモデルでも良い」と言う考えは全く間違っている。モデルから女優になる例はあるが、その逆は「和服の似合う女優」以外に聞いたことがない。モデルは、究極に恵まれた体型と、小顔と呼ばれる引き締まった容貌、そして美しい歩行姿が求められる。

　そして最後にペトリ教授は、映画俳優に成る為には、４つの能力をそなえてなければならない、と言った。1）セリフを覚える能力　２）そのセリフを自然に話す能力　３）台本に沿って動作を自然にこなす能力　４）脚本や台本には書ききれていない、登場人物の感情を巧みに表現する能力。

　この４つの能力を持ち合わせて、役柄を完全に演じきられる人を、真の俳優と呼べるのであろう。この難題をこなす演者こそ、人からタレントと呼ばれるのだ。

　テレビに出演した事がある日本人が、海外旅行中に入管で職業を問われ『タレント』と答えて、失笑をかう例が多い。『天賦の才能の持ち主です』と自ら称するのは、日本人として恥ずかしい限りだ。