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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン

2017.06.12

【世界最北の日本レストランーフィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(81)】心霊学

長井 一俊

プレゼントされたイッタラ

 6月になると北欧は、春を飛び越えて白夜の初夏を迎える。庭のあちこちで、生まれて間もないリスやキジの子供達が、日がな一日母親を追い回す。

 前号で紹介した、店で口喧嘩をした老夫婦のご主人の方が、久々に来店した。奥様は?と聞く私に『家内は、“夢に見る程お寿司は食べたいが、合わせる顔がない”と一緒に来られないのです』と言った。そこで私は『店では、女性がつれの男性を平手打ちする事もたびたび起こっています。口喧嘩などは何の問題でもありません』と言ってあげた。彼が寿司を食べている間に私は、奥様への寿司折を作って、彼に渡した。北欧では、営業時間内に只で食事を提供することは違反である。しかし、土産なら良いだろうと、勝手に解釈した。

イッタラの青い鳥

 翌日、彼のご夫人が一人で、客足が途絶える午後2時頃に来店した。彼女は店で夫婦喧嘩をしてしまった事を詫び、寿司折の礼を言いながら、小さめの布袋を私にくれた。大きさの割に、かなり重かった。開けてみると、キノコの上に金のネズミが乗っている珍しい硝子細工が出てきた。それはイッタラ(1881年創業、この国を代表するガラス工房)で作られたものだった。私も硝子製品は好きで、年々送られるカタログから「イッタラの鳥」をいくつか買い求めていた。しかし硝子と金属の合体は、カタログでも工房の売店でも見た事がない。アンティークでかなり高価なものに違いなかった。
 

イッタラの茶色い鳥

 彼女は、そんな珍品を手放すほど、ご主人への嫉妬や、お店での喧嘩を恥じていたのだ。この日彼女は、久々の親子丼を食べ、大喜びしてくれた。私はお返しに何かしてあげたかった。老婦人への最大のおもてなしは、おしゃべりの相手をしてあげる事だ。お料理や園芸、お孫さんの話題が定番であるが、彼女が興味をもちそうな特別な話をしてみたかった。

 彼女の服装も持ち物も別段変わったころはない。一つだけ気がついたのは、彼女がタイガー・アイ(虎目石)のネックレスとブレスレットをしている事だった。高い石ではないが、昔から「魔除けの石」として知られている。そこで私は、彼女がこの石を選んだ訳を問うてみた。

 すると彼女は、『オマジナイのようなものです』と答えた後、『私は半世紀ほど前に、父の母国スウェーデンで心霊学 (psychic) を学びました。(スウェーデンは18世紀に心霊学の創始者エマヌエル・スヴェーデンボリを輩出している)心霊学は「心霊現象」「臨死体験」「超能力」等を探求する学問ですが、私は特に亡霊(日本ならお化けか幽霊)について興味を持って勉強しました』と言う。
 
 北欧は地震も台風も無く、一年中乾燥している。よって数百年前に立てられた木造の館がいまだに多く残っている。隣接するラウマ市の旧市街は、六百年近く前に建てられた木造家屋ばかりで、故に世界遺産に認定されている。古い大きな館に住む人から、「時として過去の住人の霊を感じる事がある」と聞かされて、彼女は亡霊に対して興味を持ったと言う。
 
 彼女は日本の三大怪談と言われる、「四谷怪談」「番長皿屋敷」「牡丹灯籠」の概要を英訳本で読み、日本の幽霊は主に、理不尽に殺された女性の怨念によるものである事も知っていた。又、彼女から「欧米の亡霊と違い、日本の幽霊には足が無いのは面白いですね」という感想も聞かせてもらった。

 更に彼女は、「日本の映画をリメイクした、ハリウッド映画のザ・リンクス(The Links)を見ました。世界で流行しているゾンビ、エイリアン、新型ウイルス等々のホラー映画よりも、ずっと恐ろしさを感じました」と言った。

 私は日本映画のリンクもハリウッド製のザ・リンクスも、ブルーレイにダヴィングしてあるので、内容は熟知している。 : のろいのビデオを見た人は7日以内に死ぬ。死から逃れる為には、そのビデオをコピーして、知人に送らねばならない。よって、この恐怖は延々とリンクしていく。

 この映画には枕がある。戦後まもなく「幸福の手紙」と言われる社会現象が起きた。幸福の手紙をもらった人は、5人の知人に同じ主旨の手紙を出さねば、不幸な目に遭う、と言うものだった。そのため、たちまち多くの人々に幸福の手紙が届けられた。しかし、人々が持っている知人の数は限られているので、回り回って自分に戻って来て、その馬鹿馬鹿しさに気づき、この騒ぎは数年で収まった。半世紀後、映画によって恐怖は再現されたのだ。

 私は彼女に『日本の幽霊は加害者達に復讐する感がありますが、欧米の映画では無関係な人も亡霊達に襲われますね。なぜでしょう?』と質問した。すると彼女は、『キリスト教が誕生すると間もなく、仲間割れが始まりました。グノーシス派はローマ教会から異端とされ、徹底的に弾圧され、歴史から葬られてしまいました。“異端は異教より憎し”と言う言葉はこの時に生まれたのでしょう。その後はご存知の様に、魔女狩り、カソリックとプロテスタントの対立、そしてホロコーストや2度の大戦が起こったのです。このように西洋史は、仲間同志の血に塗られた歴史なのです。末裔である私達皆が、亡霊にさいまなれるのも不思議なことではありません』と説いてくれた。

 そういえば数年前に私は、トウミネン教授に『フィンランドでも魔女狩りが行われたのですか?』と聞いた時、『ありました』と自分が罪をおかした様に、顔を曇らせて答えた。その時私は、欧米の現代人は重い原罪を背負って生まれてきたのだ、と知った。

 最後に私は、『日本の夏は怪談の季節ですが、白夜の北欧では夜が明る過ぎて亡霊も出るに出られませんね』と言ってみた。すると、『そうでもありませんよ、亡霊が出るという館にご案内しましょうか。1階はレストランで2階はホテルになっています。良かったら夏至の休みに宿泊してみませんか?』と彼女は言った。
 
 酔狂な私は、この誘いを迷わずに受けた。生涯最も怖い体験をする事など、夢にも思わず、遠足を楽しみにする小学生のように、夏至休暇が待ち遠しくてならなかった。

 

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE

慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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