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2017.05.15
長井 一俊
イースター(復活祭)を境にポリの街は活気を取り戻す。若いカップルは肩を抱き合って春の散歩を楽しみ、大人たちはレストランの店頭に張り出された丸テーブルを囲み、戸外でのお茶会を楽しむ。
近年のイースターは、子供たちが「卵」と「兎」で遊ぶ日であり、家族でご馳走を食べる日でもある。何故、「卵」と「兎」なのか? 諸説あるが、「磔刑にされたキリストが3日後に十字架から抜け出して復活した」と言う聖書の一節が、「卵の殻を破って、ひな鳥になる様」を連想させたからであろう。
キリスト教において、土葬が正統であるのは、復活した霊魂が戻る処が必要と考えた故であろう。又、「兎」は子供を楽しませる寓話によるものと思われるが、イースター・エッグは「兎」が生んだとされている。
イースターの晩は、私の店も夜中まで満員で、最後の客が帰る頃には、従業員も私も疲れ果てていた。翌日の月曜は休店日なので、私が店に来て、後片付けをすることにした。正午頃に店に来ると、馴染みの老夫婦が扉の前で開店するのを待っていた。
二人はいつも夕食には寿司と天ぷらを、昼食にはご主人がカツ丼、奥様が親子丼を注文する。月曜日が定休日である事を知らなかったのか? それにしても、いつも仲良しの二人の雰囲気が怪しい。
折角なので、店に通し、『寿司や天ぷらは仕込みに時間が要りますが、丼物ならすぐに出来ます』と言って、私はキッチンに入りカツ丼と親子丼を調理した。一般家庭と違って、熱源が沢山あるので、一度に複数の料理が短時間で出来る。しかし、店とキッチンを分ける暖簾を通して、二人の激しい口論が聞こえてきた。早口のフィンランド語は私には到底理解出来なかったが、二人の間に異変が起ったことは明らかだった。
二つの丼をトレーに載せて店に出ると、奥様が居ない。携帯でタクシーを呼んで帰ってしまったと言う。しょうがない、ご主人にカツ丼を出し、私が親子丼を食べることになった。ご主人は恥ずかしそうに状況を話し出した。『昨晩うちでやったホームパーティで、最後まで飲んでいた妻の女友達が、帰宅しようとタクシー会社に電話をしたが、話し中が続いた。そこで、お酒をあまり飲まない私が、彼女を車で送ることになった。彼女の家に到着すると、私は彼女から、“チョットお茶を飲んで行きませんか?”と言われて、紅茶を頂いたのだが、ラム酒が入っていたようだ。イースター・パーティの準備で疲れていた私は、眠くなってソファーで寝込んでしまい、朝帰りとなってしまったのです』
ホームパーティの盛んな北欧では、よくあるパターンだ。携帯を持たずに車に乗ってしまったので、妻は夫に直接電話する事が出来ない。二人の不倫行為が頭に浮かんで、奥様は彼女の家に何度も電話をかけようとしたが、プライドがそれを許さない。結局、朝まで一睡もせずに夫の帰還を待っていたのだ。
私は彼に、『今晩は夕食の後、包丁を隠し、寝るときはヘルメットをかぶりなさい』と忠告した。その冗談が通じたのか、『ゴルフ道具はクラブに置いてありますから、包丁を隠す方に専念します』と笑いながら答えてくれた。
北欧では、パーティ会場からの帰り方に、十分注意を払わねばならない。日本でなら、帰る方角が同じであれば、タクシーでも自家用車でも、相乗りで帰ることができる。しかしこちらでは、そうはいかない。男女二人が同じ車に乗ってしまうと、『やっぱり二人はできていたのね!』と後ろ指を指されてしまう。この誤解を解くには、長い時間と繊細な気遣いが必要になる。自己を弁護する為に、『俺が彼女を好きな訳が無いだろう』と同乗者の悪口を言ってしまうと、これは又、別の問題が発生して、すぐに仲間外れにされてしまう。
私はテレビのインタビュー番組の中で、嘗てスウェーデンの名女優が『私はこんなにお婆さんになったのに、主人は今でも憎らしいほどダンディーなのです。帰宅が遅いと、不倫しているのではないかと、いつも心配でなりません』と聞いた事がある。
妻の嫉妬は、北欧だけではなく、世界共通の問題らしい。作者の名は忘れてしまったが、日本の怖い推理小説を想い出す。:おしどり夫婦と呼ばれた老夫婦が、目出たく金婚式(結婚50周年)を迎えた。祝いの翌朝、庭でご主人が死体で発見された。心臓を鋭利な刃物で一突きされていた。当然、第一発見者である老妻が犯人と疑われたが、殺人の動機が見当たらない。結局は強盗殺人として、捜査が始まる。その後、病気になった老妻が、自分の死が近い事を知って、警察に自首し、次の様に自白した。『金婚式を済ませた夜、夫が“50年もお互いに健康でいられたのは、君の料理のお陰だよ、ありがとう”とお礼を言ってくれました。長年の苦労が報われたと幸せな気分に浸っていました。ところが次に夫から“大昔の話だから白状する。憶えているかい? 君の家の並びにタバコ屋が在っただろう。君の家を訪ねた行き帰りに、その店の看板娘を見るのが楽しみだった”と聞かされました。私は思わず“よくも貴男は50年も私を騙し続けたわね”と言い、気がついてみると、私は夫の胸を包丁で刺してしまっていたのです』
しかし、嫉妬は女性の専売特許ではない。男性の場合は、歳を重ねると、老妻への嫉妬心は薄れる。しかしその分、出世した同僚や、権力者になった友人に対し、嫉妬心を燃やす場合が多い。昨今、「女性天皇」や「女性宮家の創設」について、有識者や政治家による審議が続いている。メンバーは圧倒的に男性が多い。歴史や法律の観点から慎重に審議されるのであろうが、結局は法案から外されてしまっている。何故か? 女性蔑視からではない。私の結論は、「女性天皇や女性宮家がもらうであろう男性配偶者に対する嫉妬」である。配偶者は、一般市民から選ばれるかもしれない。どこの馬の骨とも分からない者がロイヤル・ファミリーのメンバーになることへの嫉妬なのだ。
人間だけではない。ペットの犬や猫も、新しく飼われた2匹目に対して、嫉妬を露わにする事もある。中には、新生児に嫉妬して、大怪我をさせる事件も起こっている。
「スズメ百まで、踊り忘れず」と言う諺があるが、その詠み人は「生きとし生ける者は、死ぬまで嫉妬深い」と言っているように思えてならない。
長井 一俊
Kazutoshi Nagai
慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。