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2018.06.11
長井 一俊
北欧の6月は白夜の下、野外パーティを楽しむ季節である。「苦有れば,楽有り」暗く長い冬を耐え抜いた人への神からのご褒美だ。
私は例年通りロシアン・クラブから深夜のパーティに招かれた。夜の10時に始まり、翌朝まで続く。私は皆がお目当てにしている折り寿司を持って参加した。クラブの正会員は皆ロシア人の女性で、同伴者の男性はフィンランド人の夫かボーイフレンドである。
持ち回りの今夏の主催者は、大きな庭と美しいベランダを持つ花好きの中年女性である。庭には黒い幹に真っ白なペンキを塗ったかの様な白樺が、新緑の葉に飾られている。ベランダには白鳥と見紛う白い花(写真)がバスケットの中で、微風に揺られていた。初めて見るこの白い花の名を聞くと、『牛パセリ』と予想外に品のない答えが返ってきた。パセリは乾燥を嫌う植物である。それだけに丹誠込めた霧吹きをすると、このように美しい花を咲かせるようだ。
パーティが始まってしばらくすると、美人の誉れ高い熟年会員が自慢げに、見栄えのする中年男性を連れてやってきた。彼は彼女の手を握りながら私に『ポリの郊外で弁護士事務所を経営しています。問題が起きた時は、ご相談に乗ります』と、自己紹介の中に宣伝文句を入れて来た。なかなかの遣り手のようだ。
面白く無い。私は『奥様はどちらに?』と、彼に嫌みを言った。『結婚はしていません』と彼が答えたので、『どうして結婚しないのですか?』とアメリカ人なら「おまえの知った事か!」と怒られるような質問をしてみた。
すると 『私の事務所に、夫の不倫や離婚の相談をしに,毎日のようにご婦人達がやってきます。結婚さえしていなければ、こんなゴタゴタは起こらないのに、と思う様になったからです』と彼は小首を縦に振りながら言った。
それを聞いて私は、親しくしている銀行の支店長が、『個人企業に金を貸す時、一番の心配事は、社長の離婚です。財産を失って、会社の資金繰りにも悪影響が出るからです』と言った事を想い出した。(私事だが、アメリカで会社を経営していた実弟も、現役を引退する63歳になるまで結婚しなかった)
結婚とは、国に届け出する事によって成立する。実質婚のカップルは離別しても離婚にはならないし、資産の移動も無い。事実婚は明らかに女性には不利である。内縁の妻は、夫の死亡保険金の受取人にさえなれないのだ。(遺言書によって、受取人を正妻から内縁の妻に変更することは可能であるが、現実的にはすんなりとは行かないようだ)
結婚という仕組は2000年ほど前に生まれたと言われている。800万年の人類の歴史を1時間に短縮すると、結婚の歴史は1秒にも満たない。特に一夫一妻制は古代ローマ時代、時の権力者の治世戦略とキリスト教の布教戦略が一致した結果と言われる。よって他の宗教の下では、現在でも一夫多妻制が幅を効かせている。
日本では、源氏物語でも分かるように、結婚とは名ばかりで、夫が複数の妻を訪ね廻る「通い婚」であった。豊臣秀吉はキリスト教を好ましいものと思っていたが、「側室は持てない」と聞いた瞬間から、キリスト教を禁じてしまった。江戸時代になっても、男子だけが家禄を継げたので、男子が生れるまで、何度でも嫁を替えられた。
明治18年になって、西欧諸国に日本の近代化をアピールする為に、西洋に合わせて戸籍法を改正した。その時、妾や側室は戸籍から外された。しかし現在、内縁との間に出来た子供にも、相続が認められる様になった。戸籍法で消滅した内縁の妻が、相続税法によって復活したのは皮肉である。
「貧乏人の子沢山」はとっくに死語となったし、「恋は盲目なり」と言う言葉も経済観念の浸透にともない、色あせてしまった。女性の中にも、結婚より仕事を優先したり、セレブの男性との結婚を夢見たりで、結婚年齢は高くなる一方だ。男性も前述の弁護士のように、結婚願望を失った人が多い。私の周りにも四十過ぎの独身男性がゴロゴロいる。
他方、一夫多妻制にも見逃せない欠陥がある。強い夫が多くの子供を、その子供達が沢山の孫を生む事が出来る。その結果、血縁関係が判明し難くなり、悪くすれば異母兄妹や、叔父と姪の結婚により、血が濃くなる問題が起こっている。
増加傾向にある「出来ちゃった結婚」は、仕方なく一夫一妻制度に従ったもので、人口減少の歯止めにまでは到らない。又、子供が出来ない同性婚が認められつつある。このような状況において、一夫一妻制度を維持する為には、「人口の減少を甘受する」か、北欧のように、教育と医療の無償化や子供手当を拡充する為に「国民が高額な税金を払う」かの、二者択一を迫られている。
先進資本主義国では、上位5%の富裕層の資産が、残り95%の資産合計と同額になった、と言われる。一億総中産階級と言われた日本でも、貧富の格差が広がり、それに比例して少子化が進んでいる。
このままいけば、自家用車からカーシェアーへ、自転車ですらレンタサイクルが普及していくように、届出による一夫一妻制は減少し、自由に伴侶を替えられる同棲婚や、親に寄生しながら交際を続ける「パラサイト婚?!」が増加するように思えてならない。
長井 一俊
Kazutoshi Nagai
慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。