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2018.04.23
小川 達大
事業計画と事業計画「書」というのは、別のモノです。
書類としての隙の無さを突き詰めてばかりいては、いつまでたっても事業は前に進みません。
事業計画そのものが無意味であると言っているわけではありません。ベトナムをはじめ、新興国での事業展開では、不確実なことや、やってみて初めて分かることもたくさんあります。それゆえに「事業計画を作ってもムダ」というふうに言う人もいますが、私は「そうであるからこそ」事業計画は大切だと思っています。
「誰が、我々の顧客なのか」「我々は、何を強みとして戦っていくのか」「どれくらいの高さの山に登るのか」そういったことが明確になっていてこそ偶然に舞い込むチャンスに素早く反応できるものですし、そういったことを仲間達と共有してこそ組織戦に取り組めるものです。
ところが、業務として事業計画書づくりに取り組み始めると、手に入らないデータの問題や、社内の様々な指摘や注文という問題に直面します。そうした問題に1つ1つ対応しているうちに、事業計画書は仔細になり、ページ数が増えていきます。
データの問題に関して言えば、手に入らないデータはどうやっても手に入りませんし、手に入るデータも精度は怪しいものです。パソコンの前に座ったり、調査会社に発注したりするよりも、五感を全開にして現地の街を歩き、顧客になりそうな人々の生の声を聴くべきです。そうして得たインスピレーションこそが、市場調査を通じて獲得する「成果物」です。市場に関する2次的なデータは、そのインスピレーションを、どれくらいの規模に拡大して適応することができるかを、試算するために使うものです。
事業計画の核になるものがインスピレーションで仮にあるならば、それを万人に対して論理的に説明するのは、極めて難しいことであるはずです。たとえ社内の人々に対して、であっても。しかし、事業推進のエンジンは、そもそも、そういう類のものです。吉原英樹は、優れた戦略は「バカな」と「なるほど」の両方の要素を含んでいると議論しています。一見すると「バカな」と思われる方針でも、展開が進んでいくにしたがって「なるほど」と周りが気づきはじめ、大勢が「なるほど」と思ったころには先行者としての地位が確立している。そういうふうな戦略が良い戦略、というわけです。新興国の事業戦略も、社内に反対者がいるくらいがちょうど良いのかもしれまでん。(誰一人賛同者がいないとすると、計画に問題があるように思いますが...)
ここまでの議論を踏まえると、「良いインスピレーションを持つ人材を、どう育成するか」という問いに行き当たります。私は、そういう人材が持つモノは、「アタマに蓄積された知識」ではなく、「カラダに体得された知恵」のようなものであると感じています。「身体的な知恵」あるいは「分析より綜合(正確には、分析的思考を土台にした綜合的思考)」という言い方もあると思っています。
そういうことだとすると、会社という場の育成的側面は、「知識を学ぶ寺子屋」というよりは、「実践経験を積む道場」という色合いが強まる必要はないだろうか。そんなふうに実感しています。
東南アジア各国で事業を推進している現地の方々と会話をしていると、シビアな意思決定という実践経験を重ねてきた人が持つ、「事業推進者としての体幹の強さ」のようなものを感じます。
アタマだけで考えて事業を進めようとする(そして、事業が進まない)、そういう傾向が強くないですかね。細かくて分厚い事業計画「書」を目にすると、そんなことを思います。
それでは、ヘンガップライ!
小川 達大
Tatsuhiro Ogawa
経営戦略コンサルティング会社Corporate Directions, Inc. (CDI) Asia Business Unit Director。同ベトナム法人General Director、同シンガポール法人Vice Presidentを兼任。 日本国内での日本企業に対する経営コンサルタント経験を経て、東南アジアへ活動の拠点を移す。以降、消費財メーカー、産業材メーカー、サービス事業など様々な業種の東南アジア展開の支援を手掛けている。ASEAN域内戦略立案・実行支援、現地企業とのパートナリング(M&A、JVづくり、PMI等)支援、グローバルマネジメント構築支援など。日本企業のアジア展開支援だけでなく、アジア企業の発展支援にも取り組んでおり、アジアビジネス圏発展への貢献に尽力している。
CDI Asia Business Unit