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COLUMN コラム

グローバル人事管理の眼と心

2019.12.02

【グローバル人事管理の眼と心(48)】報酬水準算定のためのツール(その4)~経営環境変化に即応する職務分析手法~

定森 幸生

 職務分析は、企業の社員全員の職務を対象に行われるものですが、すべての職務カテゴリーについて常に同一の手法を使う訳ではありません。

 業種に関係なく伝統的な分析手法においても、例えば、組織の安定的な運営・管理・維持に欠かせない反復頻度が高い定型職務や、特段に高度な技能までは必要としない普遍性の高い職務については、第47回で説明したとおり、在職者からのインプットに基づき、その職務の管理責任者や人事部署などによる検証作業を行って、社内的整合性や公正性の観点を重視しています。その一方で、や上級管理職や高度専門職などの職務については、定量面だけでなく定性面、ハードスキルよりもソフトスキルも重視した分析が行われます。一般社員のモチベーションを左右するリーダーシップや、高度な技術や知識によって会社の業務活動に与えるインパクトの大きさの重要性を明らかにすることが目的です。

 しかし、グローバルな企業経営環境のもとで、競争条件や競合する製品やサービスの急速かつ複雑な変化に対応するためには、社内の組織を改変したり、既存の職務内容の見直しが必要になる場合があります。特に、仕事の始まりから終わりまでに様々な局面が想定されるうえ、職責の数やそれを達成するために必要とされる時間の長さなどを考えると、個々の社員が単独で事業年度内に完結させる職務として設定することが非現実的になる例もあります。

 例えば、ひとつの部署に所属する社員が、他の様々な部署に所属する複数の社員と何らかのプロジェクト・チームに参画し、メンバー同士が自分たちの知識や技能を発揮し合ってチームの業績目標の達成に取り組む職務形態(cross-functional project teamwork)を会社が新たに設定する場合が考えられます。この職務形態のもとでは、個々の社員の職務は、その社員の本来の所属部署での職責と、新規に設立されたプロジェクト・チームでの職責の両方で構成されることになります。したがって、その社員は、所属部署の本来の上司とプロジェクト・チームを統括する責任者というもう一人の上司の指揮下(一般にmatrix reporting relationshipsと呼ばれます)に置かれることになります。

 その結果、これまでの伝統的な職務の概念に変化が生じますから、当然、その職務の分析手法や定義の仕方も変わってきます。例えば、本来の所属部署での職責は基本的に変化しない場合でも、プロジェクトの進捗状況や新たな局面に発展した場合は、それに対応するKSAO(知識、技能、能力その他の特性=knowledge, skill, ability and other characteristics)が変わる場合があります。それらの変化のタイミングが、事業年度の途中で生じた場合は、その重要度と緊急度によって期中で職務分析を行い、それに基づいて職務評価や職務記述書を再編集する必要に迫られるかも知れません。特に、新たな市場での競争条件を満たすための能力適性要件を定義しようとしても、伝統的なKSAOに基づく職務分析手法では、その任務を担当する社員が未経験の職務について職務要件を適切に検証し定義することが困難になる場合も考えられます。

 このような状況のもとで、既存の職務に必要なKSAOに関する十分な社内データ基づく伝統的な職務分析手法に加えて、第24回のコンピテンシー・モデルの説明で紹介した、過去の成功(失敗)体験や事象への取り組み姿勢に焦点を絞った質問 (behavioral event interview:BEI)がよく用いられます。BEIは 重要(緊急)課題対応方法に焦点を絞った質問という脈絡で(critical incident technique:CIT)と呼ばれることもあります。両者は実質的には同じ手法で、未知や不慣れの出来事に直面した場合それをうまく乗り切るために効果的な行動(コンピテンシー)は何かを検証し定義する職務分析手法で、competency-based job analysis と呼ばれます。

 この分析手法は、cross-functional project teamworkという職務形態だけでなく、グローバルなビジネス環境の変化に即応した新規事業を立ち上げ、市場での戦略的優位性を確保しようとする企業にとって、迅速に成功確率の高い職務行動を検証し定義するうえで効果が期待できます。この手法のもとでは、主として次のような組織対応が行われます。

① 上級管理職のチームが、自社の市場競争力の確保や成長戦略に不可欠な新規事業領域を特定する。
② 人事担当部署が、社内の各部署からそれらの新規事業に関連する専門的知見や経験をもった社員、自社の在籍者のなかで新規事業に貢献できそうな潜在力のある社員、新規事業に必要な人材を迅速に育成する手法について知見のある社員、自社の職務分析手法に精通した社員などを、管理職層、一般社員、人材育成のプロのなかからバランスよく選抜して検討委員会を立ち上げる。
③ 人事担当部署の代表、またはその新規事業分野の市場競争の実情に精通した社外の専門家が、検討委員会のメンバーとのBEIを通じて、新規事業に求められる具体的な職務行動や現実に想定される重要(緊急)課題を特定する。
④ ③の結果を踏まえ、人事担当部署の代表(または社外の専門家)が、新規職務を構成する職責を、具体的な環境下で求められる職務行動の形式で解りやすく描写する。
⑤ 人事担当部署および検討委員会メンバーは、④の職務行動の難易度を判定する。
⑥ 人事担当部署は、新規職務ごとの業績基準を設定する。また、各職務について適任者の選抜、業績判定、研修・人材育成、報酬水準決定などに関する制度を策定し運用・実施する。

定森 幸生

Yukio Sadamori

PROFILE

1973年、慶應義塾大学経済学部卒業後、三井物産株式会社に入社。1977年、カナダのMcGill 大学院でMBA取得後、通算約11年間の米国・カナダ滞在を含め約35年間一貫して三井物産のグローバル人材の採用、人材開発、組織・業績管理業務全般を統括する傍ら、日本および北米の政府機関・有力大学・人事労務実務家団体・弁護士協会などの招聘による講演、ワークショップ、諮問委員会などで活躍。『労政時報』はじめ人事労務管理専門誌への寄稿・連載も多数。2012年に三井物産株式会社を退職後、グローバル・プラットフォーム設立。企業や大学の要請で、グローバル人材育成関連のセミナーやコンサルテーションを実施する一方、慶應ビジネススクール、早稲田ビジネススクールで、英語によるグローバル・ビジネスコミュニケーション講座を担当、実務家対象の社会人教育でも活躍中。

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