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2017.04.24
定森 幸生
第23回から第27回までは、「高業績を挙げる可能性の高い人材の発掘・育成」に有効なツールとして、「コンピテンシー」という概念が多くの企業や組織で注目されている実態の概略を紹介しましたが、他のさまざまな経営管理ツールと同様に、コンピテンシー・モデルも、人事管理制度を成功に導く“万能薬(panacea)”ではありません。これまでに説明した通り、「コンピテンシー」は、長年に亘り多くの民間企業や官公庁で人事評価の基準として重視されてきた、「知識や技能」という静的(static)な着眼点に対する一種の“アンチテーゼ”として導入された、高業績や成功の確率が高い「行動特性」という動的(dynamic)な着眼点です。
したがって、比較的新しいこの経営管理ツールが人事管理制度の中で期待される本質的な役割と期待されない(期待できない)役割とを峻別することは、「コンピテンシー」の意義や“効能”を正しく認識し、役割に対する過剰な期待や“副作用”を回避するうえで大切なことです。 さらには、経営管理ツールとしての「コンピテンシー」の役割の限界と運用上の注意点についても冷静に検証することが、人事管理制度に導入した場合の実効性を担保するうえで極めて重要です。そのような検証を進めるためには、少なくとも(1)「導入の趣旨と目標の確認」(2)「共有すべき行動特性の管理」(3)「ステレオタイプの回避」、(4)「報酬制度との関係性」の4つの視点から議論する必要があります。
今回は、まず(1)について考えてみます。
(1) 導入の趣旨と目標の確認
コンピテンシー・モデルは、職種や職務に固有の行動特性のうち、高業績に直結する可能性が高い具体的な行動を、過去の高業績者の行動の実例をもとに代表的で汎用性の高いモデルとして特定するものです。それによって、同様の職務を担う他の社員の行動をより成功確率の高い行動に変革させ、会社の業績向上に貢献させることを意図しています。したがって、程度や頻度の差はありますが、職種や職務内容が異なれば、当然のことながらコンピテンシー・モデルを書き換えるか、書き換えなくても臨機応変に“読み替える”必要が生じます。
「知識や技能」という静的(static)な人事評価ツールは、その性格上、抽象性の高い記述になりがちで、上司の主観によって評価内容が大きく変わる可能性があるため、その客観性が疑問視される傾向があることは確かです。その反面、コンピテンシー・モデルのような動的(dynamic)な人事評価ツールを作成する際には、抽象性に対する“アンチテーゼ”の性格上、過去に高業績を達成した具体的な行動を描写しようとすればするほど、例外的な成功例を含め特殊な事例が過大評価されたり絶対視される傾向があります。
その結果、コンピテンシー・モデルの記述に照らした客観的な評価をすること自体は容易になるかも知れませんが、その評価判定が、特定の職種や職務について限定された脈絡のもとでは合理性があるかも知れませんが、それとは異なる多種多様の職務を遂行する際に直面する様々な与件(客先や社内の関係部署との関係性、市場動向や業界の規範との脈絡など)のもとでも、そのツールの妥当性や普遍性が保たれるのかが疑問視される場合もあり得ます。
つまり、従来の静的な人事評価ツールである「知識や技能」にも、新規に導入する動的な人事評価ツールであるコンピテンシー・モデルにも、それぞれの優位性と限界があるということです。人事管理においては、一つだけでオールマイティーの手法は存在せず、どれだけ優れた手法であっても、運用の方法が適切でなければ、本来の趣旨に合致した効果は期待できないのです。
人事管理制度の究極の経営目標は、実効性と持続性のある人事評価によって社員の業績貢献度を高め会社の業績向上の持続性を確保することです。これまでと同様、これからも数々の人事評価ツールが考案され紹介されることが予想されます。それらの有効性を判断するにあたり、自社の組織風土、経営環境、事業戦略、個々の職務の重点目標とその優先順位など、ビジネス活動の全体像を勘案し、それぞれのツール固有の有効性をビジネス現場の実情に即して戦略的に組み入れ、変化が常態であるビジネスの現実に柔軟に対応できる評価スキームを作り上げる必要があります。なぜなら、全社的な経営命題の把握が最優先課題であり、個々のスキームの運用局面の技術論の延長線上では本来の制度導入の目標は達成しがたい(The whole is going to be greater than the sum of its fractions.)からです。
定森 幸生
Yukio Sadamori
1973年、慶應義塾大学経済学部卒業後、三井物産株式会社に入社。1977年、カナダのMcGill 大学院でMBA取得後、通算約11年間の米国・カナダ滞在を含め約35年間一貫して三井物産のグローバル人材の採用、人材開発、組織・業績管理業務全般を統括する傍ら、日本および北米の政府機関・有力大学・人事労務実務家団体・弁護士協会などの招聘による講演、ワークショップ、諮問委員会などで活躍。『労政時報』はじめ人事労務管理専門誌への寄稿・連載も多数。2012年に三井物産株式会社を退職後、グローバル・プラットフォーム設立。企業や大学の要請で、グローバル人材育成関連のセミナーやコンサルテーションを実施する一方、慶應ビジネススクール、早稲田ビジネススクールで、英語によるグローバル・ビジネスコミュニケーション講座を担当、実務家対象の社会人教育でも活躍中。