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2018.03.19
定森 幸生
社員に対する金銭報酬には、「固定給(fixed pay)」と「変動給(variable pay)」があります。
固定給とは、会社の報酬管理制度の算定基準(pre-established criterion)に基づいて年度ごとに決められる基本給やそれ以外の諸手当(allowances)ように、支給年度内では個人や組織の業績などによって増減することのない金銭報酬のことです。諸手当の種類は国や会社によって様々ですが、役職手当(managerial position allowance)や住宅手当(hosing allowance)などが含まれます。社員区分や職務区分が変わらない限り、年間の支給総額が年度初めに確定します。支給の頻度は、国によって若干異なりますが、通常、日給(daily pay)、週給(weekly pay)、隔週給(biweekly pay)、月給(monthly pay) があります。
これに対して、変動給(歩合給と呼ばれる場合もあります)は、報酬管理制度の算定基準に基づいて、支給年度内の個人や組織の業績などによって増減する金銭報酬のことです。営業職の売上成績に応じて支給される歩合給(出来高払)がその典型例です。残業手当(overtime)や個人や組織の業績を反映した賞与(performance bonus)なども変動給です。会社によっては、その年度の個人の人事評価や業績評価に応じて、翌年度に固定額の業績手当(performance allowance、merit pay)などを、諸手当として支給する例もあります。
会社は、その業種や業態によって、社員に対する金銭報酬を決める際、固定給と変動給の最適な割合を模索しています。経営陣や上級管理職を除く一般社員の報酬の100%近くを固定給にしている会社がある一方、50%近くを変動給とする会社もあります。理屈の上では変動給を100%に設定することができたとしても、個人業績の不振を理由に簡単に給与をゼロにすることは、各国の労働法の規定や労働市場での競争力などの観点から現実的には不可能ですから、通常は、勤務状況に照らし一定の給与を保証しなければなりません。殆どの会社にとって、人件費は全社経費の最大費目ですから、報酬戦略の適否(在籍社員および将来の社員のモチベーションに与える影響なども含めて)が会社の業績に極めて大きなインパクトを与えます。
一般的な傾向として、会社の組織が大きいほど固定給の割合が多くなります。その大きな理由のひとつは、数千、数万人の社員について、会社業績に対する個人の貢献度を適正かつ公正に判定することが決して容易ではないからです。営業担当者の売上の多寡を例にとってみても、単純に個々人の売上額が100%その社員一人の努力の結果だと判断できない場合があります。組織的なマーケティング活動、営業方針、さらには製品開発力など様々な社内要因が、市場での自社製品の競争力を左右することもありますから、それらの要因が結果として個人の営業成績に影響を与えることになります。
さらに、会社が成長し規模が大きくなるほど、社員の年齢構成とライフエベント上のニーズが多岐にわたるようになるため、組織全体の報酬戦略を策定する際に、社員と会社の間での「収入(収益)リスクの押しつけ」を回避する風土が生じる傾向があります。
変動給に大きく依存する会社の特徴としては、
① 比較的新しい組織か小規模組織であること、
② 商品やサービス(のブランドイメージ)がまだ十分に確立していないこと、
③ 目先の短期的満足より遥かに大きな将来の満足を目指す若くて専門性の高い社員や、会社の成長に深くコミットしたモチベーションの高い社員が多いこと
④ 慢性的に会社収益が大きく変動しており、人員整理を避けるための方策として変動給に依存せざるを得ないこと、
などが挙げられます。
変動給を導入する企業のうち、上場企業の場合は、毎月、四半期、半期などの短期の業績達成度に基づく「短期の金銭インセンティブ」だけでなく、長期的なインセンティブを導入する例が多く見られます。その典型例が、会社業績と連動する「ストックオプション」や「従業員持株会」です。この制度によって、一部の経営管理職だけでなく、一般社員も(比較的低い)固定給と会社の株式の組み合わせで報酬を受けたり、社員が自分の意志で毎月一定金額を給与控除の形で拠出し、給与支給日の株価で計算した株数を累積する仕組み(従業員持株会)によって、長期的な財産形成を図ることができるようになります。「従業員持株会制度」に関しては、従業員の拠出額の例えば10%の奨励金を付与する会社が多く、
その場合、社員の累積株数が10%増えるメリットがあります。
ただ、株式を使った長期インセンティヴ制度は、会社側も株価の変動リスクを社員に負わせることを十分認識し、社員にも十分理解させ納得させたうえで導入することが必要です。また、株価変動リスクだけでなく、会社にとっての会計処理上の問題、税法上の問題、さらには、社員にとっても、将来期待できる(可能性のある)株式の売却益というメリットと、個人の所得税法上のメリット、ディメリットという様々な要素についても検討する必要があります。
報酬管理制度を設計する際は、固定給にしても変動給にしても、給与が社員の個人生活や業務上のモチベーションに与える影響の大きさを十分認識し、社員と会社の両方にとって、持続するメリットが期待できるかどうかを徹底的に検証することが不可欠です。
定森 幸生
Yukio Sadamori
1973年、慶應義塾大学経済学部卒業後、三井物産株式会社に入社。1977年、カナダのMcGill 大学院でMBA取得後、通算約11年間の米国・カナダ滞在を含め約35年間一貫して三井物産のグローバル人材の採用、人材開発、組織・業績管理業務全般を統括する傍ら、日本および北米の政府機関・有力大学・人事労務実務家団体・弁護士協会などの招聘による講演、ワークショップ、諮問委員会などで活躍。『労政時報』はじめ人事労務管理専門誌への寄稿・連載も多数。2012年に三井物産株式会社を退職後、グローバル・プラットフォーム設立。企業や大学の要請で、グローバル人材育成関連のセミナーやコンサルテーションを実施する一方、慶應ビジネススクール、早稲田ビジネススクールで、英語によるグローバル・ビジネスコミュニケーション講座を担当、実務家対象の社会人教育でも活躍中。