文字サイズ
2018.08.20
宍戸 徳雄
今回は、前回に引き続き、2018年7月に発表された国民生活白書(2017年度版)の内容について見ていきます。
前回は、電化率の改善の状況を中心に見ましたが、今回は耐久消費財市場において顕著な増加が認められると白書で指摘された携帯電話の普及状況について見ていきたいと思います。
ミャンマーにおいて、テインセイン政権が2011年に民政移管をして、その後政権交代を実現してスーチー政権が発足という流れの中で、特にこの数年間で、社会的に目に見える形で大きな変化が見られるのは、携帯電話、特にスマートフォンの普及だということは、だれの目から見ても明らかであろう。
白書によれば、ミャンマー全土の全世帯のうち82%が、少なくとも1台以上の携帯電話端末を所有していて、その携帯端末のほとんどが、スマートフォンである。
私の実感としても、2012年ころ、携帯電話端末が小売りマーケットに本格的に現れはじめたころから、すでに中国製のスマートフォンが店頭に並び、旧来型のガラケー携帯端末はほとんど見かけなかった。私も、2012年にヤンゴンで購入したスマートフォンは、中国の携帯端末メーカーであるHWAWEIのスマートフォンだった。米国のApple製のiPhoneを本格的に見かけるようになったのは、2015年ころからだった。特に富裕層のミャンマー人たちが手にする携帯端末が、2015年ころから急速にiPhoneに代わっていくのは顕著に感じた。しかも最新機種で複数台所有という富裕層も数多く見かけた。
ミャンマーの携帯電話端末マーケットでは、黎明期の最初から、ガラケー携帯端末はほとんど存在しなかったと評価してよいだろう。
私の経験で、一番衝撃を受けた光景は、確か2014年ころのことだったが、托鉢帰りの僧侶が、歩きスマホをしながら、道を歩いていたのを見かけた時だった。民主化後のミャンマーの街中の風景が、まさに変わったと実感した瞬間だった。
今回の白書では、全世帯の8割以上のスマートフォンの普及と統計分析をしたが、その数字上のインパクトは、実際に2015年の総選挙の結果にも大きく影響力を持ったと感じている。SNS上での政権比較、政策分析、当時野党であったNLDへの市民間での投票呼びかけ、スーチー女史の地方遊説の動画など、かなりの活発に拡散され、有権者の投票行動に大きな影響力を持ったと思われる。これは間違いなく、当時急速に普及したスマートフォンという表現インフラがあったからこそのことだろう。
もちろん、耐久消費財としての携帯電話端末が急速に普及した背景としては、都市部における国民所得の増加、外資も含めた通信キャリアの参入とサービス競争の開始、政府による通信インフラの整備など、様々な条件が重なって実現していることである。
しかしながら、民政移管より以前の軍事政権時代のミャンマーにおいては、一般市民の表現の自由がほとんど無かった状態が長く続いていたことに対する国民の反動こそが、スマートフォンの普及とSNS上での表現活動の盛り上がりを後押ししたものと言えるのではないだろうか。
宍戸 徳雄
Norio Shishido
株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンス 代表取締役。1997年株式会社住友銀行(現株式会社三井住友銀行)に入行。法人営業部等歴任し主としてコーポレートファイナンス、外国業務に従事。2012年独立、アジア総合法律事務所のシンクタンク(調査研究機関)である株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンスを設立、代表に就任。アジア地域の法制度・判例、行政運用などの調査、ビジネス環境・マーケット調査などをメイン業務としながら、数多くの日本企業のアジア進出の実務サポートも行う。民主化直後のミャンマーにも拠点を設置(ヤンゴン)、ミャンマー政府関係者、ローカル企業にも幅広い人脈を有する。2014年にはシンガポールに法人を設立、代表に就任、アジアの起業家を結びつけるネットワークNew Asia Entrepreneur Business Network代表(シンガポール)。著書に「ミャンマー進出ガイドブック」(プレジデント社)、連載記事「沸騰ミャンマー投資1~3」(プレジデント社)などがある。その他金融機関や商工会議所等にて、アジア進出に関わる多数の実務セミナー・講演活動を行っている。一般社団法人日本ミャンマー協会所属。