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2019.02.18
宍戸 徳雄
2019年1月29日、年明けのミャンマー連邦議会において、アウンサンスーチー国家顧問率いるNLD(国民民主連盟、現与党)から大きな動きがあり、議会内に衝撃が走った。
NLDは、連邦議会に対して、憲法改正のための委員会を設置するよう緊急動議を提出したのだ。このタイミングでのNLDによる緊急動議については、現地議会関係者は全く予想していなかったようだ。
アウンサンスーチー国家顧問、およびNLDにとっては、憲法改正は悲願。すでにこのコラムでも何度かミャンマーの憲法改正問題について解説をしているが、現在の憲法は、軍事政権時代の2008年に成立した憲法である。国民投票の結果、多数で成立した憲法であり、成立過程自体は民主的なものであった。その内容についても大枠については、民主憲法の建て付けをとってはいるものの、一部、軍に有利な規定が存置されている問題点が指摘され、改正の必要性が語られてきた。
具体的には、現憲法上、立法府の議席の内、あらかじめ4分の1は軍人の固定席となっており、この点が憲法改正の決議要件(4分の3以上の賛成)をクリアすることを事実上困難としている最大の問題として指摘される規定である。
さらには、国家非常事態宣言時における行政府の長の権限が国軍司令官に自動的に移譲され、同時に立法府の議員が自動失職する規定など、統治機構上、軍のコントロールを一定程度維持した形の制度となっていることが問題点として指摘される。
もちろん、アウンサンスーチー国家顧問としては、自らの大統領就任を阻む規定である憲法59条の改正も当然念頭にあるだろう。欧米メディアも同規定の問題点をよく指摘する。同規定は、国家元首の就任要件を規定しているが、外国籍の親族がいる者は、国家元首(大統領)に就任できないという規定だ(アウンサンスーチー国家顧問の家族はイギリス国籍を有する)。
なぜこのタイミングでNLDは、憲法改正委員会の設置を要求する緊急動議を提出したのだろうか?現地の議会関係者によれば、2020年の総選挙が見えてきた2019年、前回2015年の総選挙でもNLDが選挙公約として掲げた憲法改正への道筋が全く立っていない現状を打破する狙いがあるのだろうと分析する。
また、西ラカイン州の民族問題へのミャンマー政府の対応が非人道的であり不適切であると国際社会から非難されているアウンサンスーチー国家顧問としては、その非難を少しでもかわすためにも、憲法改正問題で、ミャンマーが民主国家建設の努力をしていることを、国際社会へアピールする狙いもあるだろう。
ミャンマー 連邦議会は、この緊急動議を受け、2月6日に正式に、憲法改正委員会の設置を決定、当該委員会において、憲法改正の内容、具体的な改正すべき条項について議論をすることになる。なお、緊急動議に対し、軍人議員は投票を拒否し、議会内には緊張が走った。今後の委員会審議には、軍人議員も参加する形での議論となる。
また、このNLD、および議会の動きに連動する形で、かつて軍政時代の序列NO2の地位にあった元下院議長であるトラシュエマン氏(USD前政権時に事実上失脚)が、憲法改正を目指すとする連邦改善党という新党の立ち上げを申請した。
今後、2020年の総選挙まで、この憲法改正をめぐる動きは、益々、活発化することが予想される。
宍戸 徳雄
Norio Shishido
株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンス 代表取締役。1997年株式会社住友銀行(現株式会社三井住友銀行)に入行。法人営業部等歴任し主としてコーポレートファイナンス、外国業務に従事。2012年独立、アジア総合法律事務所のシンクタンク(調査研究機関)である株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンスを設立、代表に就任。アジア地域の法制度・判例、行政運用などの調査、ビジネス環境・マーケット調査などをメイン業務としながら、数多くの日本企業のアジア進出の実務サポートも行う。民主化直後のミャンマーにも拠点を設置(ヤンゴン)、ミャンマー政府関係者、ローカル企業にも幅広い人脈を有する。2014年にはシンガポールに法人を設立、代表に就任、アジアの起業家を結びつけるネットワークNew Asia Entrepreneur Business Network代表(シンガポール)。著書に「ミャンマー進出ガイドブック」(プレジデント社)、連載記事「沸騰ミャンマー投資1~3」(プレジデント社)などがある。その他金融機関や商工会議所等にて、アジア進出に関わる多数の実務セミナー・講演活動を行っている。一般社団法人日本ミャンマー協会所属。