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2019.08.19
宍戸 徳雄
2019年7月16日、アメリカ政府は、ミンアウンライン国軍司令官とその側近3名の軍幹部に対して、ミャンマーの西ラカイン州における民族迫害に関与したとして、制裁対象に指定すると発表。
ポンペオアメリカ国務長官は「ミャンマー国軍が、国内において虐待や人権侵害行為を行なっているという信頼できる情報と報告があり、ミャンマー政府もその責任を追及していないことに深く憂慮している」と声明を発表。
かつてアメリカ政府は、軍政下のミャンマーが民政移管した後、NLDスーチー政権が発足して暫くの間も、軍との関わりのある政商や軍関係者を経済制裁の対象としていた。 2016年10月に、大部分の制裁解除に踏み切って以降は、新たな制裁発動の動きはなかったが、西ラカイン州の民族問題が勃発し、それに対する国軍やミャンマー政府の対応への国際社会からの非難が集中する中、EUなどは経済制裁の復活への動きを強めていた。
今回、西ラカイン州の民族迫害問題の責任を追及するとして、ミャンマー国軍のトップである国軍司令官を個人として直接、制裁の対象として指定したことは、一歩踏み込んだ形の制裁と言える。国軍司令官に対する制裁も初となる。
制裁の具体的な内容は、アメリカへの渡航禁止や海外保有資産の凍結といった厳しい内容。同制裁によって、国際経済取引に関与することが、実質的に不可能になる。
シーガルマンデルカーアメリカ財務次官も「制裁によって正義を追求し、罪を犯した人間に責任を取らせなければならない」と強く非難。米国財務省は、西ラカイン州の民族問題が勃発して以降、独自の調査を行い、報告書も纏めていた。
財務省の報告書では、ミャンマー国軍が、イスラム系少数民族を標的にして大量に殺人やレイプなど組織的な迫害を行っていたと結論。ミャンマー軍の攻撃の範囲と規模からみて、作戦は綿密に計画された組織的なものだったと考えられると分析。また、暴力が過度で、大規模かつ広範にわたり、人々を恐怖に陥れ、かつ郷土から遠ざける目的があったと認定。2017年8月に続く2か月間にラカイン州で3万8000以上の建物が焼かれたことが衛星画像から分かると解析結果を示していた。
さらに、ロヒンギャ難民1024人の82%が、ミャンマー国軍による殺人を目撃し、51%が性的暴行が行われていたとの証言があったとし、目撃者は複数の村に及び、レイプされた女性の多くは、その後殺害されたと報告書は纏めている。ただし同報告書は、これらの国軍の行為を、「集団虐殺」や「民族浄化」といった表現までは用いてはいなかった。
今回、アメリカ政府が一歩踏み込んで発動させた国軍司令官個人への制裁は、近親者も対象として含まれる厳しいもので、アメリカが西ラカイン州の民族迫害問題への責任追及において静観せず強い姿勢で臨むという警告となり、更に国際社会の同調の流れを加速させるきっかけとなるだろう。
宍戸 徳雄
Norio Shishido
株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンス 代表取締役。1997年株式会社住友銀行(現株式会社三井住友銀行)に入行。法人営業部等歴任し主としてコーポレートファイナンス、外国業務に従事。2012年独立、アジア総合法律事務所のシンクタンク(調査研究機関)である株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンスを設立、代表に就任。アジア地域の法制度・判例、行政運用などの調査、ビジネス環境・マーケット調査などをメイン業務としながら、数多くの日本企業のアジア進出の実務サポートも行う。民主化直後のミャンマーにも拠点を設置(ヤンゴン)、ミャンマー政府関係者、ローカル企業にも幅広い人脈を有する。2014年にはシンガポールに法人を設立、代表に就任、アジアの起業家を結びつけるネットワークNew Asia Entrepreneur Business Network代表(シンガポール)。著書に「ミャンマー進出ガイドブック」(プレジデント社)、連載記事「沸騰ミャンマー投資1~3」(プレジデント社)などがある。その他金融機関や商工会議所等にて、アジア進出に関わる多数の実務セミナー・講演活動を行っている。一般社団法人日本ミャンマー協会所属。