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2017.06.19
宍戸 徳雄
さる5月14日、アウンサンスーチー国家顧問は、北京で開催された一体一路経済圏構想首脳会談に出席した。 ロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領、フィリピンのデュテルテ大統領など大物首脳が多数連ねる中、鮮やかな水色の美しいロンジー姿で、30か国を超える各国首脳との全体写真に納まったスーチー国家顧問はミャンマーの存在感を示した形となった。
スーチー国家顧問の一帯一路経済圏構想首脳会議への出席は、4月のティンチョー大統領の訪中時に表明されていた。今回の訪中は、NLD新政権発足後、2回目の公式訪問となり、ミャンマー新政府の中国との関係改善への姿勢が明確となった。第37回のコラムでも書きましたが、スーチー顧問の2度にわたる訪中と、未だ来日が実現していないティンチョー大統領の訪中とを合わせ見れば、全方位外交を掲げながらも、その中国重視の姿勢が浮き上がってくる。
北京では、スーチー顧問は、習近平国家主席や李克強首相と会談。中国はミャンマーにとって最大の貿易相手国でもありながら、前政権において国民レベルでの嫌中感情の高まりを背景として、ミッソダムの開発中止など、数々の中緬関係を揺るがす事態が生じていたが、新政権は中緬関係の改善に向けて舵を切り直した。首脳会談では、中緬関係の再構築と、問題解決のための具体的な行動を中国政府から求められる形となった。
ミャンマーとしては、一帯一路経済圏構想への参加は、依然として遅れているインフラ開発や経済分野での支援を中国政府から取り付ける目的と、国内少数民族和平へ向けて中国のサポートが不可欠との認識があるため、経済的側面と安全保障的側面の両面からの中国による全面支援を要請する格好の場となった。
中国としては、ミャンマーを取り込むことは、地政学的に重要であるとの認識がベースにある。ミャンマー北西沿海部のチャオピューの開発(経済特区開発とパイプラインの施設など)やミッソダムの開発は、中国にとって重要なエネルギー戦略の一つであり、現行のマラッカ海峡を通すシーレーンの議論の中で、インド洋から直接エネルギーを国内に引き込むことが可能となる上、ミッソダム開発による電力の大部分を中国国内に送電する狙いもある。そのような背景の中、一帯一路経済圏構想は、両者の思惑はうまく一致させた形となった。スーチー顧問は、習近平国家主席との会談の中で、中国が提唱する一帯一路構想は、地域の平和と発展をもたらすもので、中国の支援に感謝すると、中国を大いに持ち上げた。
今後、中緬関係は徐々に改善していくだろうが、今回の首脳会談でも具体的に求められたミッソダムプロジェクトの事業再開は、スーチー政権にとって、国民世論も考慮しながらの難しい判断となるだろう。事業再開をしない場合、ミャンマーは数億円にもおよぶ多額の賠償責任を負う形となる。
一帯一路経済圏構想は、中緬関係を深化させることは間違いないが、日本の立ち位置は微妙だ。北京での首脳会合には、日本からは自民党の二階幹事長が出席し、習近平国家主席に安倍総理の親書を手渡した。その後、安倍総理が別の会合の場において、一帯一路経済圏構想への条件付きでの協力を示唆する演説を行ったが、条件付きであることに対して、中国からは批判の声があがった。日本としては、北朝鮮問題解決に向けて中国の協力と影響力は無視できないものであり、日中関係の改善を模索する中で、一帯一路経済圏構想への協力を図っていくことになるだろう。
宍戸 徳雄
Norio Shishido
株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンス 代表取締役。1997年株式会社住友銀行(現株式会社三井住友銀行)に入行。法人営業部等歴任し主としてコーポレートファイナンス、外国業務に従事。2012年独立、アジア総合法律事務所のシンクタンク(調査研究機関)である株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンスを設立、代表に就任。アジア地域の法制度・判例、行政運用などの調査、ビジネス環境・マーケット調査などをメイン業務としながら、数多くの日本企業のアジア進出の実務サポートも行う。民主化直後のミャンマーにも拠点を設置(ヤンゴン)、ミャンマー政府関係者、ローカル企業にも幅広い人脈を有する。2014年にはシンガポールに法人を設立、代表に就任、アジアの起業家を結びつけるネットワークNew Asia Entrepreneur Business Network代表(シンガポール)。著書に「ミャンマー進出ガイドブック」(プレジデント社)、連載記事「沸騰ミャンマー投資1~3」(プレジデント社)などがある。その他金融機関や商工会議所等にて、アジア進出に関わる多数の実務セミナー・講演活動を行っている。一般社団法人日本ミャンマー協会所属。