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2017.09.11
宍戸 徳雄
この連載コラムの中でも、過去何度か話題としてきたミャンマーにおけるロヒンギャ問題。依然として、ミャンマー政府は、ラカイン州に居住するロヒンギャ族に対する市民権を認めておらず、ロヒンギャ側の武装集団とミャンマー国軍との衝突が日々繰り返されている。報道によれば、バングラディッシュ国境付近へ27万人ものロヒンギャ難民が押し寄せているという。ミャンマー政府が事態を静観し、さらに悪化させていることに対する国際社会からの非難がピークに達している。ことさらノーベル平和賞受賞者でもある国家指導者、アウンサンスーチー国家顧問に対する非難が集中している。
口火を切ったのは、トルコのエルドアン大統領だ。エルドアン大統領は、ミャンマー政府がロヒンギャ族の虐殺に対して沈黙をしていると非難し、スーチー国家顧問との電話会談では、ロヒンギャ族に対する人権侵害について、イスラム社会は深く懸念をしており、国連総会でこの問題を取り上げると伝えた。これに対して、スーチー氏は、ロヒンギャ問題は誤った偽情報が出回っており、ミャンマー政府は国内におけるすべての人の人権を保護すると反論した。
その後も、国際社会からの非難は鳴りやまず、国連のグテレス事務総長も、ミャンマーの治安部隊がロヒンギャ族に対して無差別に暴力的な攻撃を行っていることに強い懸念を示し、早期にロヒンギャ族の人権が保護されるよう、ミャンマー政府に行動することを訴えた。その上で、グテレス事務総長は、ロヒンギャ問題は人道主義の危機をもたらすものとして、国連の安保理に書簡を送った。このような国連の動きに対し、ミャンマー政府のタウントゥン国家安全保障顧問は、ロヒンギャ問題が国連の安保理に付託されないように、中国やロシアなどの友好国と交渉して協力を要請していると公表。スーチー国家顧問も、国連安保理への付託を避けるためか、ロヒンギャ問題の数多くの偽情報に基づく対応は、一部のテロリストたちを利するだけだと、強く主張し始めるようになった。
同じタイミングで、ミャンマーを訪問していたインドのモディ首相も、無実の人たちが命を落としており、全ての関係者が平和的な解決のために努力しなければならないと、スーチー国家顧問に懸念を表明した。また、パキスタン出身で、2014年にノーベル平和賞を受賞したマララ氏(スーチー氏は1991年受賞)は、ロヒンギャ族の苦悩に胸が張り裂ける思いだとしてこの悲劇を非難するとツイッター上で表明。スーチー国家顧問にも事態を静観するのではなく、事態解決のための対応をすべきであると促した。
最大のイスラム教徒をかかえるインドネシアでは、首都ジャカルタのミャンマー大使館近くで、数千人ものイスラム教徒が、ミャンマー政府のロヒンギャ虐殺を反対する集会を開き、ミャンマー大使館の閉鎖や政府間の関係見直しを訴えた。同じように、東京のミャンマー大使館前でも、ロヒンギャ族の子孫たちが集まり、現政府の対応を非難するために声を上げ一時周辺が騒然となる事態ともなった。
スーチー政権は、国内多数派の仏教徒への配慮や、国軍との関係考慮を重視する中、このロヒンギャ問題の解決の糸口を見い出せずに、約1年半に亘り、ここまで事態を悪化させてきた。国際社会の仲介も受け入れながら、難民の人権保護のための現実的具体的な対応策が待ったなしで求められている。数多くの一般市民の命が奪われ、20万人以上の難民が国境を越えて逃げようとしている今、時間的な猶予はもはやないところまで来ている。
宍戸 徳雄
Norio Shishido
株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンス 代表取締役。1997年株式会社住友銀行(現株式会社三井住友銀行)に入行。法人営業部等歴任し主としてコーポレートファイナンス、外国業務に従事。2012年独立、アジア総合法律事務所のシンクタンク(調査研究機関)である株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンスを設立、代表に就任。アジア地域の法制度・判例、行政運用などの調査、ビジネス環境・マーケット調査などをメイン業務としながら、数多くの日本企業のアジア進出の実務サポートも行う。民主化直後のミャンマーにも拠点を設置(ヤンゴン)、ミャンマー政府関係者、ローカル企業にも幅広い人脈を有する。2014年にはシンガポールに法人を設立、代表に就任、アジアの起業家を結びつけるネットワークNew Asia Entrepreneur Business Network代表(シンガポール)。著書に「ミャンマー進出ガイドブック」(プレジデント社)、連載記事「沸騰ミャンマー投資1~3」(プレジデント社)などがある。その他金融機関や商工会議所等にて、アジア進出に関わる多数の実務セミナー・講演活動を行っている。一般社団法人日本ミャンマー協会所属。