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COLUMN コラム

マーライオンの眼差し

2018.03.12

マーライオンの眼差し(35)キャッシュレス社会へ

矢野 暁(サムヤノ)

<キャッシュ vs キャッシュレス>

 最近、箱根に家族と旅行した際に、結構有名で規模もそこそこはある老舗旅館に宿泊したのですが、なんと!クレジットカード払いができませんでした。昨今の日本旅行ブームの中で、私たちが滞在した時も恐らく3分の2くらいの宿泊客は外国人でしたが、小さな受付カウンターのところで、多くの客人が「まさかっ!なんでクレジットカード決済ができないの?」と呆れていました。
 日本では様々な決済カードやスマホ決済システムが導入されてはいますが、外国から来ると、飲食店や小売店舗など、意外とキャッシュレス化が遅れていることに気づきます。
 では、テクノロジー社会のシンガポールでは、キャッシュレス化が非常に進んでいるかと言えば、(意外にも?)実はまだ現金が好まれる傾向が強かったり、「Cash Only」のお店が多く残っていてキャッシュレスの選択肢が無かったりするのが現実です。
 庶民が日常的に食事をするホーカーセンターやフードコートと呼ばれる集合屋台では、キャッシュ・オンリーが大部分です。オーチャード通り沿いにあり、私がお気に入りの「食堂」も、キャッシュ・オンリーです。シンガポールの電子決済システムNETSすら使えません。先日、支払い時に財布の中の現金が十分でなかったために、往復20分以上かけてATMから現金を引き出しに行く羽目になりました。その時は少しばかり「えっ、俺シンガポールのオーチャードにいるんだよね?」と不思議な感覚に包まれました。
 日本と同様、既に「高齢社会」となっているシンガポールでは、特に高齢者ほど昔ながらの現金商売、現金払いを好むのかなあ、などと感じています。また、消費者や商人への調査などでは、現金決済を好む人がまだ圧倒的に多いという結果なども出ているようです。
 とは言え、政府は「Smart Nation」建設構想の一環として、キャッシュレス化を強く推進しています。最近ますます推進のドライブがかかってきています。

庶民の集合屋台「ホーカーセンター」では現金払い (筆者撮影)

<キャッシュレス化へドライブ>

 確かにここ2~3年は随分とキャッシュレス化が進んできたなあ、と感じています。私がベトナムからシンガポールに移り住んだ17年前は、クレジットカードが殆ど使えず大部分現金決済のベトナム社会と、少なくともクレジットカードは結構使えたシンガポールとの間のギャップは、それは大きなものであると実感していました。
 しかし今から思えば、当時はまだまだキャッシュレス社会と呼ぶ状況からは程遠かったのでしょう。あくまでもキャッシュが中心で、代替決済手段としてクレジットカードや電子決済カードが普及していった、その程度だったわけです。
 その後、テクノロジーやソルーションの進化と共にキャッシュレス化が社会に徐々に浸透していき、自分自身気づいてみると、最近は殆ど財布にお金を入れておらず、むしろ「プラスチックカード入れ」と化しているじゃあありませんか! 以前は、例えばスターバックスのようなカフェでも、20ドル未満は現金決済しか受け付けていなかったのが、今はコーヒー一杯でもペイウェーブ(コンタクトレス)による「ピッ」で済みます。そんな店がどんどん広がっているわけです。また、Grabのようなライドシェア・サービスもキャッシュレス決済が基本で、そこからより広範囲のモバイル決済へと大きな網をかけ始めています。
 そして、それを日常生活の中で「当たり前のように」利用している人が増えていっているのです。私はまだ信頼性・安全性に少々不安があってスマホをリーダーにかざしてピッ、の利用は限定的ですが、若者たちは既に「財布のカード入れ化」のステージを通り越して、まさに「モバイル・ウォレット」の域に達しつつあるようです。
 政府は昨年から今年にかけて、様々な画期的な動きに出ています。カフェやレストランにキャッシュレス化を働きかけるだけでなく、現金決済が定着しているホーカーセンターなどでも、QRコードを使ったスマホ決済を試験的に導入しました。また、公共交通機関を使う私たちは殆ど皆ez linkカードという日本のSuicaのような電子決済カードを携行していますが、地下鉄(MRT)の駅にあるトップアップ用機械での現金利用がもうじき出来なくなります。すなわち、庶民が日常的に利用する公共性・日常性の高い場から、半ば強制的にキャッシュレス化を導入し始めているわけです。
 恐らく10年とたたないうちに、いや、きっと3~5年程度の間に、キャッシュレス化が大きく進むのだと思います。おじいさん・おばあさんはどうか分かりませんが、少なくとも私たち「おじさん・おばさん」くらいまでは、「スマホでピッ」が日常の光景になるかもしれませんね。

キャッシュレス化したレストラン.jpg

最近キャッシュレス決済オンリーを導入したシンガポールのレストラン (筆者撮影)

矢野 暁(サムヤノ)

Satoru Yano

PROFILE

慶應義塾大学を卒業後、東南アジア諸国における経済・社会インフラ開発に従事。その後、英国投資銀行にて、食品・飲料、ヘルスケア、衣料、小売等の分野のクロスボーダーM&Aの仲介・助言業務に携わる。ベトナム政府に対する国家開発支援アドバイザー、同国での多岐にわたるベンチャー事業の成功を経て、1999年にCrossborderをシンガポールに設立。ASEANを中心に、B2C・B2Bの事業を問わず大手日本企業や中堅企業がアジアで新規市場参入および事業拡張・改善をするために、戦略、組織、パートナーシップ、マーケティング、人材などの面で支援を行っている。また、アジア・ASEANや異文化・リーダーシップなどをテーマとする企業向けセミナーおよび社内研修の講師も務める。シンガポール経営大学(Singapore Management University: SMU)の企業研修部にて、日本企業、多国籍企業、シンガポール企業へのプロジェクト・コーチ&ファシリテーターも兼務。「アジアから日本を元気にする!」と「草の根レベルで地道にコツコツと」をモットーに、アジアを駆け巡りながら毎月の訪日も欠かさない。シンガポール永住。

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