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2015.06.22
小川 達大
ベトナムで活動する日本企業に事業運営上の課題を聞くと、いつも、「現地人マネジャーの育成」が上位に入ります。ミドルマネジャーの育成に課題を感じるというのは、世界中のあらゆる企業に当てはまることでしょうし、その課題意識が「最近の若いモノは、、、」というニュアンスを含んでいるとすれば、もはや人類の有史以来の問題意識であるようにも思います。(古代エジプトの壁画にも「最近の若いモノは、、、」という記載があるそうです。) しかし、「今のベトナムで」「日本企業」だからこそ抱いている課題であるという側面もあるでしょう。また、その課題を克服できるかが、今後のベトナム事業の成否を決めいくように思います。キーワードは、「ベトナムのステージ変化」と「日本企業のクセ」です。
ベトナム市場に製品を供給するということは、これまで長い間、「いかにして、それが無い市場に製品を提供するか」というチャレンジでした。そういった市場ステージでは、市場の創造と、ディストリビューションが肝になります。自社の製品、というよりは、その製品カテゴリそのものが、いかにして顧客にベネフィットをもたらすのか、ということを粘り強く伝えていくこと。そして、その製品が実際に消費者/顧客の手に届くようにすること。この2つが大切なのです。ロート製薬の目薬やエースコックの即席麺などは、そういうステージでのチャレンジに成功していると言えます。
しかし、市場が拡大してくると、競合企業は増えますし、消費者/顧客のニーズも多様になってきます。すると、現地のニーズに一層フィットした製品を開発することや、その製品の特長を伝えるためにマーケティングしていくことの重要性が増してきます。今の「市場としてのベトナム」で起こっていることは、「市場を創る」ステージから、「市場を奪う」ステージへの変化です。
一方で、製造拠点としてベトナムを活用している企業に目を向けてみましょう。基本的に、ベトナムに製造拠点を持つ理由は、安くて器用な人材と、(カンボジア、ラオス、ミャンマーと比べると)悪くない生産インフラと、安定した政治環境でした。結果として、労働集約的な産業や作業工程がベトナムにやってきました。
しかし、近年、人件費の水準は徐々に上がってきています。また、いくつかの日本企業にとって、ベトナム工場がグループ最大規模の工場となってきています。そうなると、ベトナム工場における生産性向上の成否が、グループ全体の生産性に大きな影響を持つようになっています。「人件費が安いから安く造ることができる」という発想では立ち行かなくなり、「正味作業時間、歩留り、不良率の改善など、現場のカイゼン活動を軸にした強い工場だから安く造ることができる」という発想への切り替えが必要です。今の「製造拠点としてのベトナム」で起こっていることは、「安く造る」ステージから、「巧く(うまく)造る」ステージへの変化です。
こういったステージの変化に対応するために、企業にも変化が求められています。製品開発やマーケティング、あるいは生産管理におけるローカライズが必要になってきます。ここで言うローカライズとは、「現地に合わせる」ことと、「現地に任せる」ことです。別の言い方をすれば、本社から派遣された日本人が考える役割で、現地のベトナム人が作業をする役割という単純な役割分担では成り立たなくなっているということです。日本人とベトナム人が、共に考え、共創していくプロセスが必要になります。
そういった背景があっての「現地人マネジャーの育成」に対する課題意識なんだと理解しています。
日本企業の強みを考えるとき、ミドルマネジャーに焦点が当たることがあります。経営陣の決めた方針に従うだけでなく、現場を束ねるマネジャーたちが主体的に創意工夫を重ねることで、企業としての競争力が高まっていきます。日本企業は長い時間をかけて、ミドルマネジャーが活躍できる企業の在り方を成熟させてきました。それは、意識的に作られた役割分担や制度に加えて、無意識に熟成されたコミュニケーションのクセであり共同体の空気でした。
日本企業が海外に出た時に直面するのが、この熟成されたものに関する「違い」です。日本とベトナムは、様々に違っています。仕事や企業に対する価値観、労働市場の状況、一般的な企業における役割分担など。ですから、ベトナム人に、日本人ミドルマネジャーと同じ役割と仕事の質を求めるのは、やはり無理があるのだと思います。しかし、日本企業や日本人は、様々な考え方やコミュニケーションの仕方を「無意識に」熟成してきたがゆえに、それらを意識的な領域に引っ張り出し、言語化してベトナム人に伝えるということが、なかなか難しいのだと思います。その結果、日本人とベトナム人の間の「違い」を埋めるのに、多大な苦労が強いられるのです。本質的な課題の所在が明確にされないまま、「なんだか、どうにも、うまくいかない」という状況だけが、圧倒的な存在感を持って、存在し続けるのです。
本来であれば、日本本社や駐在する日本人側にも発想の転換が必要なのでしょうが、その転換が十分に実現しない場合には、この「なんだか、どうにも、うまくいかない」状況の原因はベトナム人側に求められることになります。それを課題として表現したものとして、「現地人マネジャーの育成」というものが表れている。そういう側面もあると思います。
「現地人マネジャーの育成」という課題は、極めて大切なことですし、しっかり取り組んでいかなければならないと思っています。同時に、「現地人マネジャーの育成」に注目が集まっている背景に目を向けると、日本企業のベトナム展開に関する根深く・本質的な課題が浮き彫りになります。
それでは、ヘンガップライ!
小川 達大
Tatsuhiro Ogawa