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2015.07.21
小川 達大
7月6日にバンコクで開催された「ASEAN経済共同体(AEC)時代の事業戦略-日本の重要な製造中枢、タイ」というフォーラムの中で、タイのプラユット首相が講演をしました。講演の中で首相は、タイ経済成長のカギとして年間取引額が9,000億バーツ(筆者注:約2.7兆円)におよぶ国境経済の活性化を挙げました。更に交流は活発になり、来年度は取引規模が倍増するとの予測も出ています。(バンコク週報(2015/7/10))
2015年末の始動に向けた交渉が進められているASEAN経済共同体(AEC)ですが、その時を見据えて、各国が「地域ハブ」のポジション争いに名乗りを上げています。ASEANの地域統括拠点と言えば、まずはシンガポールが挙げられますが、タイやマレーシアも地域統括拠点を誘致することで、「中進国の罠」を抜け出す道筋を掴もうとしています。(※「中進国の罠」とは、「人件費の安さを競争力にして急成長してきた新興国が、人件費水準が上昇する一方で、技術力などの発展が十分でないために、自国の競争力を失って、成長が鈍化してしまうこと」を指します)日系製造業の進出が活発なタイは、日本企業にとって、有力な地域統括拠点のオプションになります。更に、6月末に、タイ政府は、アジア本社をタイに設置する際の要件を緩和し、恩典を充実させましたので、タイに地域統括拠点を置く動きは、更に活発になっていきそうです。
タイを中心として「ASEANを面で攻略/活用しよう」と考えるとき、キーワードになるのは、「タイ+ワン」です。例えば、タイに工場を持つ企業が、ラオス国内のタイ国境付近の工業団地に工場を構える。比較的人手のかかる、労働集約的な工程は、人件費の安いラオスで行い、作ったものをタイに輸送して製品として完成させる。そうすることによって、トータルのコストを下げながら、品質を保った生産活動が実現します。「チャイナ+ワン」が「中国に『代わって』他の国に」という意味合いであったのに対して、「タイ+ワン」は「タイに『加えて』他の国に」という意味合いになります。すなわち、互いの長所を生かし合うことによって、ともに成長していくことが想定されています。
さて、ここで、ベトナムを「タイ+ワン」の文脈に位置付けると、どうなるでしょうか。一般的に、「タイ+ワン」戦略の議論では、CLM(カンボジア、ラオス、ミャンマー)が挙げられます。タイと国境を接していて、タイよりも人件費が低いわけですから、先ほど申し上げた「トータルのコストを下げながら、品質を保った生産活動」が実現しそうです。一方で、ベトナムは、タイとは接していませんし、CLM諸国よりも人件費水準も高いです。そうなってくると、「『タイ+ワン』としてのベトナム」には、特段、意義は無さそうです。
しかし、実際の企業活動に目を向けると、タイとベトナムの両方に拠点を持ち、その2つの拠点を連携させている事例が増えてきています。例えば、建材メーカーのLIXILは、2014年にベトナムにアルミ建材の工場を竣工させています。これは、タイ拠点に続く2つめの工場であり、2つの工場は連携した活動が想定されています。 あるいは、サッポロビールは、ベトナムの工場からタイ市場に向けた出荷をしています。
この背景には、CLM諸国に比べてベトナムが、豊富で・リーズナブル(単に「安い」ということではなくて「適切」という意味)で・質の高い労働市場を抱えていることと、将来性のある大きな消費市場を抱えていることがあると思っています。
今後も、タイとベトナムの連携は、ますます活発になっていくと思います。
それでは、ヘンガップライ!
※7月16日に「日本企業のタイ+ワン戦略-メコン地域での価値共創に向けて-」(同友館)(編著:藤岡資正チュラロンコン大学サシン経営大学院日本センター所長)が出版されます。私も、その中で「『タイ+ワン』としてのベトナム」という章を担当させて頂いています。
小川 達大
Tatsuhiro Ogawa