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2016.02.08
小川 達大
1月24日に、奄美大島で115年ぶりの雪が降っていた頃、ベトナムにも雪が降りました。これまで雪を経験したことのない地域でも積雪が記録されるなど、記録的寒波に見舞われました。
ベトナム北部の山岳地帯サパにも雪が降り、多くのハノイ市民が雪景色を求めて観光に出かけたそうです。ベトナムの新聞には、初めて雪を見た人たちの声が紹介されています。一方で、雪の経験が少ないために、地元の人々には十分な冬支度が無く、裸足で過ごさねばならなかったり、家畜や農作物に大きな被害が出たりしていたようです。
そういった状況でしたので、「地元の人々が苦しんでいる状況なのに、雪を楽しみに行くことなんて出来ない」という人もいれば、「そんな状況だからこそ、たくさんの観光客が街を潤す必要があるんだ」という人もいたようですし、ハノイから冬用の服を運んで届けた若者もいたそうです。
同じころ、ハノイでは第12回共産党全国大会が開催されていました。約450万人の共産党員を代表して1,510人が出席し、2016~2020年の5か年計画と、新指導部のメンバーについて議論する場です。書記長の選任と、国家主席、首相、国会議長というような主要ポストへの推薦者の決定が行われ、推薦者については国会の場で正式に選任されることになります。国会議員は直接選挙で選ばれるのですが、基本的には国会議員は共産党員が就任するので、党大会での推薦者の決定で基本的には「決まり」ということになります。
今回の党大会で、グエン・フー・チョン書記長の留任と、一方でグエン・タン・ズン首相の引退が決まったことは、一部の人々にとってはサプライズでした。ズン首相は改革派で、TPP参加やFTA締結など、ベトナムのグローバル経済への統合を進めてきました。ズン首相が書記長と国家主席を兼任して、改革を加速するのではないかとの前評判もありました。しかしながら、その改革は国営企業や他の国内企業にとって競争激化を招いたとして、反発も受けました。留任が決まったチョン書記長は、党大会の閉会式において「秩序の維持」に言及しましたし、国家主席に決まったチャン・ダイ・クアン公安大臣もどちらかと言えば「守り」の人選です。加えてチョン書記長は、中国の習近平国家主席と南シナ海問題での対立を避けることで合意しています。今回の新指導部の顔触れは、これまでの改革志向を維持しつつも、少し歩みを見つめ直しながら秩序を回復する方針だと総括することが出来ると思います。私の周囲には経済発展重視の改革志向のベトナム人が多いですので、今回の人選による改革スピードの鈍化を懸念する声が多いです。
経済面について言えば、2016~2020年のGDP成長率(年平均)を+6.5~7.0%とし、2020年までに国民1人当たり平均収入を3,200~3,500USDに増やすことを目標に掲げています。これは過去数年よりも高いペースでの経済成長を実現していくということになります。鍵となるのは、(1)国営企業改革、(2)金融市場改革、(3)的を絞ったクラスター(産業集積)育成だと私は考えています。
ベトナム経済の中で大きなウェイトを占める国営企業。GDP構成比で3割以上を国営企業が占めています。この国営企業の不透明かつ非効率な経営と、必要以上の多角化が、ベトナム経済の発展を妨げているという指摘は多くの場でなされています。国営企業改革の手段として民営化が掲げられていますが、株式市場の低迷の影響もあり、その進捗は芳しくありません。本来の目的は経営の透明性と効率性の向上であるわけですから、民営化とは切り離した国営企業改革の議論もあって然るべきだと思いますが、民営化という手段の目的化の様相も色濃くあるように思います。
金融市場は、直接金融・間接金融ともに課題の多いところです。銀行セクターでは、担保重視の融資スタンスが抜けきらないまま不動産・株式バブルの崩壊を迎えてしまったことと、小規模の商業銀行が多すぎることが課題となっています。その結果、不良債権問題が深刻となっています。国営の不良債権処理機関であるベトナム資産管理会社(VAMC)が不良債権の引き取りを進めています。2012年には17.2%にまで膨らんでいた不良債権比率が、2015年9月には2.9%に低下しました。(「本当のところは….」という指摘も色々とあるのが悩ましいところではありますが。。。)ただし、VAMCの不良債権の引き取りは、その不良債権を一旦VAMC側に移す(=銀行から離す)ということに過ぎず、実際に回収または売却できたのはVAMCの管理する不良債権全体の7%に過ぎないと報道されています。不良債権がババ抜きのジョーカーのように転々としているだけのようにも見えます。一方で、直接金融においても、企業の経営力を見極める力を備えた機関が、まだまだ少ない印象です。実際に、いくつかの経営指標を周辺国の企業と比べてみても、民間企業への資金の提供が十分でなく、企業の発展を遅らせていることが分かります。
ベトナムの発展のために、ベトナム国内に強い産業が育っていかなければならないことは異論の余地がありません。しかし、産業育成に必要な時間に比べて、ベトナムに与えられている時間が余り長くは無いのではないか、というのが難しい問題です。ASEAN内だけに目を向けたとしても、カンボジア、ラオス、ミャンマーといった周辺国との産業誘致合戦は、今後ますます活発になっていきますので、安価な労働力を強みにした戦略は早晩限界を迎えます。国のプライドを賭けて高度な産業(自動車産業など)をフルパッケージで誘致しようとするのではなく、ASEAN経済共同体の中で自国が競争力を発揮し得る産業と工程を見定めて、集中的に資金と施策を投下していくことが必要なのではないかと思います。しかし、ベトナム国内の各省が独立して産業誘致に取り組んでいる場面も多々見受けられますので、国としての大きな舵取りを強化していく必要があります。
やや「守り」の性格の強い新指導部が、この成長をデザインしていかなければなりません。2016年の取り組みが、決して雪の寒波をもたらすことなく、今後の継続的なベトナムの発展に繋がっていくことを期待しています。
それでは、ヘンガップライ!
小川 達大
Tatsuhiro Ogawa