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2016.05.02
小川 達大
ベトナムの夜は、ビールに限ります。もわっとした熱帯夜には、路上で小さなプラスチックの椅子に座ってビールを飲む人々の姿を、そこら中で目にします。350mlの缶ビールが100円以下ですから、「もう1缶」とついつい手が出てしまい、飲み過ぎてしまうものです。
これほどビールが安いとなると、ベトナムのビール会社は、あまり儲かっていないのだろうと、確認をしてみると、実は、そういうわけではありません。例えば、ベトナム最大手で、商工省傘下のSaigon Beer(Saigon Beer Alcohol Beverage Corporation(SABECO))を見てみましょう。下記のグラフは、主要ビール会社とSaigon Beerについて、売上高と純利益率の比較をしたものです。Saigon Beerの純利益率が、主要企業と比べて非常に高いことが分かります。
では、ベトナムのビール事業は、高収益、つまり儲かるのでしょうか。下記のグラフは、その利益構造を分解したものです。見ると、利子収入が大きく貢献していることが分かります。詳細は公開されていないので分かりませんが、Saigon Beerは、他の企業に出資や融資をして、その配当や利子の収入を大きく得ています。利益構造だけを見ると、Saigon Beerは、ビールメーカーというよりは、金融業者です。
多くの東南アジア諸国では、株式市場と銀行業界の発展が十分ではありません。その不足を補う役割として、いくつかの国々では、華僑系やその他の財閥が金融システムを担い、経済と企業の発展を牽引してきました。ここでは、「華僑という金融システム」と呼ぶことにします。しかし、ベトナムでは、共産主義国になったことや中越戦争があったことのために、華僑財閥の発展が進みませんでした。代わって金融システムを担ったのが、国営企業でした。これを「ベトナム的金融システム」と呼ぶことにします。
金融システムであると同時に、国家による人事権を通じて、国営企業は政治システムの構成要素でもあります。ベトナムにおける国営企業の改革・株式会社化、そしてその先に見据えられている民営化は、ベトナムの政治システムと金融システムを再構築することを要請します。
ベトナム国営企業改革は、ベトナムの金融・政治システムの再構築までを射程に含む、重層的かつ大がかりなものとなるゆえ、その道のりは極めて挑戦的にならざるを得ないと考えています。しかし、TPP等の経済協定での約束事でもありますので、国営企業改革は進めなければならない課題です。また、健全な競争環境を実現することは、そこで活動する企業を強くし、また翻って消費者への便益にも繋がります。今や日本をはじめとして、あるいは、これまでの旧共産主義圏でも、国営企業改革を経験した国が存在している状況ですので、ベトナム国には、国外の資源も積極的に活用しながら、推進していくことを期待しています。
それでは、ヘンガップライ!
小川 達大
Tatsuhiro Ogawa