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2016.05.30
小川 達大
5月22日21時30分頃、アメリカのオバマ大統領が、ハノイのノイバイ空港に到着しました。オバマ大統領にとっては、就任後初のベトナム訪問です。
翌23日、チャン・ダイ・クアン国家主席と会談したオバマ大統領は、ベトナムに対する武器輸出を全面解禁すると発表しました。ベトナム戦争終結以降、41年ぶりの全面解禁となります。オバマ大統領は、「中国を念頭に置いたわけではない」と述べたとのことですが、南シナ海での領有権問題の過熱への対応の側面は大きいと考えられます。全面解禁をしてこなかった理由としては、反体制派の投獄などに表されるような、ベトナムの人権問題が挙げられています。人権問題がある状況が解消したわけではありませんが、現在の国際情勢を踏まえた現実的な方針転換、ということになります。
この発表を受けて、クアン国家主席は、「両国の関係が完全に正常化した」と述べました。これまで、中国を意識した安全保障領域では、ロシアとの関係が強かったベトナムですが、アメリカとの関係も深めていくことになります。
またベトナムは、TPP(環太平洋経済連携協定)にも参加を決めています。現在の参加国の中では、ベトナムが最も大きな恩恵を受けるだろう、との分析が、世界銀行をはじめ、いくつかのエコノミストから出ています。アメリカに対する衣料品等の輸出が有利になることから、中国からの繊維業界などの産業移転が期待できるからです。(ちなみに、日本とは既に経済連携協定があるため、TPPによる関税撤廃の影響はありません。)それゆえ、今回のオバマ大統領の訪越では、TPPについても議論されたようです。
安全保障と経済においてアジア太平洋地域の重要なピースとなっているベトナムに注目が集まっています。世界情勢の波に大きく影響を受けながらも、その波の行方を見極めて巧みな舵取りをしてきたのが、ベトナムという国です。
象徴的な場所として、カムラン港を紹介したいと思います。ベトナム南中部のカインホア省にある港です。
カムラン港は、フランス植民地の時代から軍事拠点として利用されてきました。日露戦争中にはバルチック艦隊が寄港し、一方で太平洋戦争中には日本海軍も使用していた港です。ベトナム戦争中にはアメリカ海軍・空軍の拠点となりましたが、1975年のベトナム戦争終結をもって共産圏の拠点となり、79年からはソビエトの部隊が駐留することになりました。南シナ海を挟んで反対側に位置する駐フィリピンのアメリカ軍と睨みを利かせる、ロシアにとって最大の国外拠点でした。
しかし時代は変わり冷戦が終結して、ロシア軍は撤退します。中国の台頭と南シナ海での緊張の高まりを受けて、2011年には再度アメリカ船が寄港するようになります。さらに、2016年4月には、日本の海上自衛隊の護衛艦が寄港しています。
こういった歴史がありますので、カインホア省都のニャチャンは、それぞれの時代の影響を受け、今や、ベトナム有数のビーチリゾートとなっています。ロシアからの直行便もありますし、商店ではウォッカが売られています。かと思えば、アメリカテイストのレストランがあり、そこで食事をしているのは中国人だったりします。
ベトナムは、絵の具を塗り重ねるように、多様な歴史を経てきた国です。「元フランス植民地」や「共産党国家」といった表現は、1つの側面を捉えたものに過ぎません。今のベトナムも、1つの「色」に過ぎず、これから新たな「色」を重ねていくことになります。
それでは、ヘンガップライ!
小川 達大
Tatsuhiro Ogawa