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2016.10.17
小川 達大
ベトナム北部バクニン省で、大きな変化が起こっています。数年前まで農家として家畜や米を育てて生計を立てていた或る人が、今や、小売商店のオーナーとなり都市部の金融マンを越える収入を得ています。サムスングループの進出と拡大のおかげで、地域の景気が急拡大しているようです。(出所:Bloomberg “Samsung Turns Farmers Into Bigger Earners Than Bankers”(2016/10/6))
サムスングループは、ベトナムという国を大きく変えてきました。サムスングループが本格的にベトナムへの投資を始めたのは、リーマンショックより後のことです。2009年に携帯端末製造工場が稼働したのをはじめとして、以降、設備投資を拡大し、2014年にはベトナムに対する最大の投資家となりました。また2013年には、ベトナム最大の輸出品目が衣料品から携帯端末になりましたが、この時、ベトナムの総輸出に占めるサムスン製品のシェアは18%にものぼりました。この動きは、中国工場から撤退してベトナムに移管する、というよりは、拡大する中国市場の需要は中国工場でカバーしながら、中国以外のグローバル市場での成長にベトナム工場で対応する、という動きです。(出所:ブイ・ディン・タン「サムスンのベトナム進出とその影響」)
サムスングループは、ベトナム進出に際して、バクニン省から工場敷地の無償提供や法人税免除など、特例的な優遇措置を政府から獲得しています。直近では、ベトナム工場から世界に輸出した完成品の中に紛れてしまった不良品を、ベトナムに再度輸入し交換品を再輸出する際の関税を免除する、という特例を得たとの報道も出てきます。(バッテリーが爆発する可能性があるとしてリコール対象になっているGalaxy Note7 に関する対応かもしれません。)
また、バクニン省の工場からハノイのノイバイ空港までの高速道路も開通しましたし、更にサムスンはノイバイ空港にサムスン専用カーゴターミナルの建設を要請しているそうです。物流網までも自社に最適化するように作っていく(作るように働きかけていく)サムスングループの様子が見えてきます。
サムスングループの進出と拡大は、韓国系の部品サプライヤーの進出も促しました。それらは現地の消費需要を拡大させ、2011年から2015年の間で約2,000のホテルとレストランがバクニン省でオープンしたそうです。(以上、Bloomberg)
省内の労働者にとっては、安定した収入と社会保障が得られますので、サムスングループの進出は大いに歓迎されています。
こういったサムスングル―プのベトナム展開から、日本企業への学びを抽出してみたいと思います。
企業が進出国を検討する時、様々な要素について、候補国を比較することになります。人件費水準をベトナムとタイで比べると、ベトナムの方が安い、というようなことです。生産拠点の立地を検討する場合には、原材料費、労務費、設備投資の減価償却費、輸送費、関税などが、主な要素になります(業種や製品によって大きく異なりますが)。この時、政府の方針(規制や税金や投資優遇策など)や公共インフラの整備状況(電力、物流など)は、所与の条件であると認識されているケースが多いように思います。
しかし、サムスングループの事例を見ると、政府の方針やインフラさえも、自分たちが変えていくことが出来る対象と捉えていることが分かります。政府という存在も意向や思惑を持つ主体の1つですから、それらを踏まえながら、規制の変更やインフラ投資を要求/交渉していくことが視野に入ります。特に新興国政府は、外資企業の誘致を重視していますので、先進国政府に比べると交渉の余地があるように思います。例えば、ゼネラル・エレクトリック(GE)は、アジアやアフリカの新興国市場での展開に際しては、その地域の経済発展に貢献することをコミットする代わりに、政府からの特例的な優遇条件を引き出しています。政府の方針変更は、新興国ビジネスにおける大きなリスクの1つですが、政府に対する交渉力を持つことによって、そのリスクを軽減することになります。
多くの企業にとって、GEやサムスンのような大規模な活動をすることは難しいですが、外資規制の適応などに関して政府と個別に交渉することは、一般的な企業にも可能です。また、政府に対する交渉力を高めるために、複数の企業が連合を組んで利益を主張していくことも検討の余地があります。
ビジネスに限らず、ゲームのフィールドやルールを作ることが出来るプレイヤーが競争力を持つものです。自分たちが関与できる要素の多さ、逆に言えば、所与の条件として捉えてしまう要素の少なさは、戦略的な選択肢の多さに繋がっていきます。
それでは、ヘンガップライ!
小川 達大
Tatsuhiro Ogawa