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2017.02.06
小川 達大
テト(旧正月)を迎え、ベトナムも新しい年を迎えました。
一方そのころ世界は、トランプ大統領就任後の嵐に揺れていました。
就任初日に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱を正式に表明しました。もっとも、ヒラリー・クリントン候補も離脱の方針を表明していましたので、アメリカが抜ける、ということは、もっと前から分かっていたことですが。
大きな世界の流れとして捉えると、アメリカが相対的な(政治的・軍事的・経済的)パワーを失いつつあり、もはや「世界の警察」や「世界の調整役」をすることの道理も実利も少なくなってきたということかと思います。「アメリカ・ファースト」と宣言されると「そんな自分勝手な!」という世界中からの声が上がる気もしてきますが、では例えば私たちが「ジャパン・ファースト」ではないのかと問われると、あらゆる国が「自国ファースト」であるのは何ら不思議ではないことのように思われます。アメリカが「普通の国」になる時代に移行しつつあります。それゆえ、トランプ大統領がアメリカや世界の形を変えている/変えていく、というよりは、アメリカや世界の形が変わってきているがゆえにトランプ大統領が生まれた、ということなのだと理解しています。
さて、こういった時代の流れの中で、アジアの一国であるベトナムは、どう舵取りをしていくのか。また、ベトナムで活動する企業としては、どういう認識を持つべきなのか。ベトナムは、昨年の11月にトランプ氏の当確を受けてTPPの批准に向けた国会での承認手続きを中止していました。代わって注目が集まっているのが、東アジア地域包括経済連携(RCEP)です。
【TPPとRCEPの比較】
ベトナムを主語としてこれらの違いを捉えてみます。1つ目は、参加国です。TPPに対してはアメリカへの輸出増加が期待されていましたが、RCEPにおいては日本・中国・韓国・インドまで含む広範囲なアジア域内でのモノ・カネの流れの活発化が期待されることになります。ASEAN域内では、ASEAN経済共同体(AEC)として、モノ・カネの流れを自由化させる動きが進んでいますが、地域の対象がASEANからアジア全体へ広がることになります。
2つ目は、交渉の範囲です。TPPでは、モノ・カネの移動の自由化だけでなくルールの共通化(≒グローバルスタンダード化)も含まれていますが、RCEPではモノ・カネの移動の自由化に絞られています。大雑把な言い方をすれば、TPPでは「新興国からの安い商品を先進国が受け入れる代わりに、先進国では当たり前になっているような市場のルールは新興国(途上国)でも整備するべし」というようなことかと思います。ベトナムにとっては、国営企業改革なども含む自由競争環境の整備が、1つのネックにはなっていました。
2度の世界大戦のころからアメリカが主導しながら形作られてきた世界秩序は、協調関係において相互に連携する国々の対象を広げながら、並行して様々なルールの統一を図ってきたものかと思います。「グローバル化」という言葉には「世界が均質化する」というニュアンスを含んでいますので、「グローバルとしてのルール」と「アメリカ的なルール」が絡みあったり、衣替えをしたり、巧みにすり替わったりしながら、世界中に広がっていきました。ゲームのルールを作る者がゲームに勝つ、というのは、よくある話です。それゆえ、アメリカがTPPから離脱し、一方でRCEPに注目が集まるという状況は、「ゲームのルール(そして、その背景にある価値観)を統一していくことで、世界が1つになる方向に向かっていく」という時代から、「ルールや価値観の違いを前提にしつつ、それぞれの接続を強化していく」という時代に変わっていくことの象徴のようにも思われます。
さて、ベトナムで展開する企業としては、アジア全体での最適なサプライチェーンの構築が鍵になってきます。関税が下がることで国境をまたいだモノの移動に関するコストが下がりますし、原産地規則が統一されることで業務上の負担も減ります。どこから調達し、どこで作り、どこで組み立て、どこで売るか。その最適化を検討するための数式が変わることになるわけです。
中国やインドという大きな市場も対象にすることで生産規模の拡大を実現し、規模の経済(生産規模が拡大することで、サプライヤーへの交渉力が高まったり、生産効率が高まったりすること)のメリットを享受することができるかもしれません。あるいは、中国とベトナムでの活動コストの違いを利用して、「安く作ることができる国で作り、高く売ることができる国で売る」という裁定(アービトラージ)をすることができるかもしれません。
ベトナムでの活動、タイでの活動、中国での活動、という風に、各国での活動方針を個別に検討しているだけでは、アジア全体での最適化を図ることはできません。ベトナムという国を細やかに見る目と、アジア全体を眺める目を共存させながら、立体的なアジア戦略を作っていくことが大切になります。
それでは、ヘンガップライ!小川 達大
Tatsuhiro Ogawa