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2015.11.30
宍戸 徳雄
2018年11月8日、ヤンゴンの街中は、選挙投票日の喧騒というよりは、いつもよりも静寂な雰囲気に包まれていた。「世の中が変わる」、何かそんな雰囲気が漂いながらも、人々は落ち着いた感じで、早朝から投票所に列をなし、粛々と投票を済ませた。即日の開票作業が遅々として進まない中、夕方ころ、最大野党NLD(国民民主連盟)が独自の集計作業の速報をアナウンスし始めると、ヤンゴン中心部のNLD本部前には支援者が続々と集まりだし、前面の道路を埋め尽くした。その熱気は、日中の静寂な雰囲気とは打って変わって、ついに待ち望んだミャンマーの民主化の夜明けが訪れるという確信に満ちたものに変化していった。乾期にはめずらしくその日の夕方、大雨がヤンゴンの街に降り注いだ。しかし、その大雨も、NLD本部前に集まった群衆の熱気を冷ますことはできない程だった。
総選挙の結果は、大方の予想以上に、NLDの圧勝に終わった。改選議席の8割以上をNLDは確保し、単独過半数を得て第一党に躍り出た。世界中のメディアが、NLDの勝利を「軍事政権の終焉」「民主化の夜明け」と報じ、メディアによっては現USDP政権が軍事政権かのような断定ふりの報道も多く見かけた。確かにUSDPは軍政の流れを組む政党であるが、現政府は文民化した政治家によって構成されており、不十分とは言え議会制民主主義の下、民政移管後の民主化のための改革を進めてきた。この点は明らかに、かつての軍事政権と現テインセイン政権では異なるということは適正に評価されるべきである。
私の見立てとしては、テインセイン政権が2011年以降進めてきた民政移管後の改革路線の成果がベースとしてあってこそ、今回の公正な総選挙の実現に繋がったと評価している。民政移管を実現させたテインセイン政権の5年間は、少数政党の政治参加や政治犯の釈放、表現の自由や報道の自由の緩和など、軍政時代には制限されていた自由権の拡大に資する政策を実施してきた。これらの過程を経て、ミャンマー国民は、自由な政治的意思表示ができる環境が整った今回の選挙において、軍政時代も含めた過去への総括という意思表示をしたのが今回の選挙結果であろう。このように混乱もなく今回の総選挙を実施できたことは、まさにテインセイン政権の大きな成果である。
その上で、過去への総括となった今回の選挙。ミャンマー国民は、1990年の総選挙ではNLDが圧勝しながら、その選挙結果を軍事政権が無視、権力移譲を行わなかったことや、5年前の総選挙(2010年11月)ではNLDが選挙をボイコットしたなどの経緯があり、過去長い間、政治的な自由意思を選挙において表明する機会が実質的に奪われてきたといえる。その反動もあって、今回の総選挙では、軍政時代も含めた過去への総括として、軍政に対する完全否定と、真の民主化への強い意思を表明したものだと言える。
選挙結果を受け、テインセイン大統領、およびミンアウンライン国軍司令官は、国民の意思を尊重し、選挙結果を受入れ平和裏に権力移管を行うと宣言した。軍が選挙結果を受け入れずクーデターを心配する声も多いが、まずは宣言通りに、平和裏に権力移譲が行われることが期待される。 いよいよここミャンマーで、民主的な手続きによって、政権交代が実現する。
宍戸 徳雄
Norio Shishido