グローバル HR ソリューションサイト
by Link and Motivation Group

グループサイト

文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大
  • お問い合わせ
  • TEL:03-6779-9420
  • JAPANESE
  • ENGLISH

COLUMN コラム

アジア最後のフロンティア 激動するミャンマー

2016.04.25

アジア最後のフロンティア「激動するミャンマー」(24) 『NLD政策を読み解く その3―経済産業政策について』

宍戸 徳雄

日本の支援でスタートしたヤンゴン証券取引所

2016年4月、NLD新政権は、ティンチョー新大統領以下、NLDの主要幹部を中心として組閣し船出をした。アウンサンスーチー党首は、大統領府大臣と外務大臣の2大臣を兼務。行政府に入ることで、法的に、党務と立法府への影響力の行使が出来なくなったことを補完する趣旨で、「国家顧問」というポストを新設。アウンサンスーチー党首の党並びに立法府への影響力行使の法的根拠を確保する形での新政権のスタートとなった。国政全般に対する権力行使の頂点に立ったアウンサンスーチー党首の手腕が試される。

さて、前々回より分析を進めているNLD政権の各種政策につき、今回は、経済関係の政策について分析をしてみたい。

NLDのマニュフェストで展開されている国家の財政政策や経済産業政策などを読む限りでは、大枠としては、前テインセイン政権が進めてきた民政移管後の経済改革路線を踏襲するものである。ミャンマーにおいては、国家財政は、かつての軍政時代も含め、まともな徴税制度や歳入の仕組みが存在していない中、天然資源などを中国などに切り売りするような形で財政を維持してきた。個人も法人もそのほとんどが納税した経験がなく、強制力を持った徴税制度が未整備で、かつ、納税者側も3重帳簿の作成など課税逃れ行為が横行してきた。
NLDのマニュフェストでは、国家の財政政策について、国家の基本的な歳入制度を創設し、適切な予算策定のもと歳入を確保し、透明性のある公共財の運用を行うことを目指すとしている。徴税の仕組みとして、広く課税ベースを設定することで、できるだけ低い税率の課税を実現することを目指しつつ、国民自らが望んで納税負担をしたいという制度の構築を指向している。歳出についての国民への情報開示も徹底するとしている。マニュフェスト上では個別具体的に細かい租税対象項目についての記載はないが、唯一、不動産を含む資産の売買において得た利益に対して課税を行うとの記載があり、それは租税法律主義に基づき、法律に従って課税を行うという原則を同時に明示している。既に現行制度において、不動産所得やキャピタルゲインに対する課税制度は存在するものの、NLDがこれを敢えてマニュフェストにおいて例示して記載したのは、当該所得に対する課税を徹底していくという方針があるものと予想される。そして、財政政策において、連邦中央政府は小さな政府を目指し、地域間で不均等の生じない歳入の分配調整機能を担うものとしていて、地域政府の課税権を広く認めて行く方針が読み取れる。このあたりの政策の方向性を見ると、連邦国家として、各地方政府に緩やかな独立性を認め、それを担保するために徴税制度も含めた財政制度の構築を目指していくものと思われる。

経済政策として、まず最初に記載があるのが、国家の発展に必要な資本や技術の獲得のために、金融機関制度の整備と金融市場の構築を推進すると書かれている。既往まで、ミャンマーは現金経済であり、金融機関による信用創造機能が未発達であり、資金の調達市場がない。そこで産業振興や経済発展に欠かせない金融機能の創設が早急に求められている。前テインセイン政権下において、金融機関制度の整備と金融市場の開設については、日本政府や日本の民間金融機関からの支援を得て順次進められており、すでにヤンゴン証券取引所は2015年12月に開所し、2016年3月には一部の株式取引が開始した(日本証券取引所、大和総研など日本側は49%の出資)。また中央銀行の独立性を認めるとの方針を明示し、通貨金融政策の舵取りを中央銀行に担わせ、国民の資本ニーズに資する安定した金融制度の構築を目指すとしている。
また、国際基準に則った海外からの投資を推進するために、ミャンマーと相手国との間で、長期的な利益をベースとした経済協力関係を構築することを目指すとしている。海外からの投資の増大によって、ミャンマー国内における新規雇用創出、技術移転、労働力の質の向上を目指す。優先分野として例示記載があるのは、特に、交通インフラ、電力インフラ、情報通信インフラの整備である。都市部における上下水道の整備についても記載がある。また環境破壊が進む都市部の緑化推進など個別具体的な政策について挙げられているのは興味深い。

エネルギー政策について、石炭・石油・天然ガスなどの化石燃料、水力、太陽光、風力、地熱、バイオガス、バイオ燃料などのエネルギー資源を例示し、各エネルギーの活用方針を明示している。現状ミャンマーは水力発電依存型(約75%)であるが、NLDのマニュフェストでは、ダムの開発は最大の自然環境破壊を引き起こすことから、新設のダム建設は行わず、既存のダム改修を行うことで対応するとの方針が明記されている。また化石燃料についてもその有用性を認めながらも、人類及び自然環境への悪影響があることから将来へ向けて見直す方針を示唆している。その他の低炭素型エネルギーについては、自然環境保護の観点から積極的に推進する方針である。

個別の産業政策として、具体的な方針が明示されているのは、農業分野についてだ。農業政策については、国民の大多数が従事する農業事業者の貧困撲滅を目指すとしている。第一に農民の権利利益の保護を謳い、農地登記簿などを作成し農地情報を整備し、不当な農地収用を排し法律に基づき農地を所有・相続できる権利を認めていく。そのために、農地法の改正を行う。農業の近代化、機械化を進め、生産性と競争力を向上させる。同時に、農業インフラ(農業用水、灌漑設備、洪水対策、未耕地開墾など)の整備や、農業生産性の向上のための資本調達の支援体制の構築も行っていく。政府は農産物の価格コントロールは行わず、農産物の自由市場を奨励する。総じて、NLDの農業政策については具体的な政策イメージが出来ており、その実践と実効性が期待される。この実現のために、NLDは国際社会に対して、付加価値の高い農産物の生産に必要な技術支援と資金支援の要請もマニュフェスト上で明記している。

労働政策について、NLDは、ミャンマーの実情に合致した形でILO条約の批准を目指すとしている。労働者の権利保護を拡張し、同一労働同一賃金原則、強制労働の廃止、児童労働者の権利保護などの基本原則を徹底する。労働者の技能向上のための機会創出を目指すとしている。

宍戸 徳雄

Norio Shishido

PROFILE
株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンス 代表取締役。1997年株式会社住友銀行(現株式会社三井住友銀行)に入行。法人営業部等歴任し主としてコーポレートファイナンス、外国業務に従事。2012年独立、アジア総合法律事務所のシンクタンク(調査研究機関)である株式会社アジアリーガルリサーチアンドファイナンスを設立、代表に就任。アジア地域の法制度・判例、行政運用などの調査、ビジネス環境・マーケット調査などをメイン業務としながら、数多くの日本企業のアジア進出の実務サポートも行う。民主化直後のミャンマーにも拠点を設置(ヤンゴン)、ミャンマー政府関係者、ローカル企業にも幅広い人脈を有する。2014年にはシンガポールに法人を設立、代表に就任、アジアの起業家を結びつけるネットワークNew Asia Entrepreneur Business Network代表(シンガポール)。著書に「ミャンマー進出ガイドブック」(プレジデント社)、連載記事「沸騰ミャンマー投資1~3」(プレジデント社)などがある。その他金融機関や商工会議所等にて、アジア進出に関わる多数の実務セミナー・講演活動を行っている。一般社団法人日本ミャンマー協会所属。

このコラムニストの記事一覧に戻る

コラムトップに戻る