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2016.06.20
宍戸 徳雄
先月22日、アメリカのケリー国務長官がミャンマーを訪問、ティンチョー大統領、アウサンスーチー国家顧問兼外務大臣と会談した。NLD新政権誕生後としては、初のアメリカ政府高官によるミャンマー訪問となった。ケリー国務長官は、ミャンマーの民主化の進展を引き続き支援すると述べ、アメリカのNLD政権への強い支援スタンスを明確に表明した。
ケリー国務長官訪問の手土産として、アメリカが1990年代より断続的に課してきた経済制裁の一部解除を発表。国営企業含む制裁対象企業の制裁リストからの一部除外を認め、外国資本の導入と促進によってミャンマーの経済成長の後押しをしていきたいと述べた。
他方、「国軍の政治関与(立法府の固定議席など)を残した現行憲法の改正なくして、完全な民主化は達成しえない」とも述べ、文民統治の基盤を強化するためにも、現行憲法の改正を促した上、引き続き旧軍事政権時代に蜜月関係にあった政商などに対する制裁は維持する方針を示し、アメリカ側に民主化進展のための一定の監視カードを残す形となった。
2011年の民政移管以降、アメリカは、前テインセイン大統領の進めてきた民主化の進展を評価し、貿易分野における経済制裁解除などは随時進めてきていた。既に、貿易分野においては、一部の宝石類の取引(ルビー、翡翠)や武器取引などを除き、9割程度の制裁解除を済んでいる。
今回実施されたアメリカの一部経済制裁解除の主な変更内容は、2つある。
(以下、若干実務的な話となり、コラムとしては少し内容が難解となってしまうこと、どうかご容赦願いたい)
一つは、昨年、ミャンマーへの貿易・投資経済実務に携わる人たちの間で大問題となった「貿易区分」における経済制裁対象であるAsia World Port Terminal(Steven Law総裁個人を含む。今回SDN制裁リストに追加)に絡む実質的な貿易決済不能処置が、今回の一部経済制裁解除で取り扱いが可能となったことだ(6か月の期限付き許可が無期限許可に変更となった。General License 20の一部変更)。
既往までは、「貿易取引」区分にて、米ドル建て仕向送金、及び輸入LC開設につき、ターミナル名がAsia World Port Terminalの場合は、SDN間接関与との認定がなされ、貿易決済が実質的に取扱い不可となっていた。実務的な詳細を述べれば、「Asia World Port Terminal」に加えて、「Hteedan Berth」「Ahlone Wharves」「Bo Aung Gyaw(Kyaw)」「Thaketa Wharves」「Hteedan Rice Berth」がターミナル名として指定されている場合も全て決済不可の取り扱いになっていた。OFAC(米国財務省)サイドでは、米ドル建て貿易決済、その他仲介貿易やフレート代金やポートチャージ等の「貿易外取引」の場合においても、ミャンマーにおける船積み港であるミャンマーのターミナル名をチェックすることで、SDN関与取引のスクリーニングを掛けるという実務上の運用指示を出していた。つまり、通常のスクリーニング手続きの対象であった仕向送金の受取人、被仕向送金の送金人、輸入者、輸出者、荷受人、荷揚業者、取引関与銀行に加えて、ターミナルや埠頭の所有者や運営会社までも、SDN間接関与者として、スクリーニングの対象とする厳しい制裁スクリーニングが実務上行われていた。
今回、Asia World Port Terminalあての無期限許可措置がなされたことは、ミャンマーとの貿易取引促進の観点からも大きな変更点と評価できる。
二つ目の大きな変更点は、既往までアメリカ企業が取引をしても良いと認められていた(General License19)4つの銀行(Asia Green Development Bank, Ayeyarwady Bank, Myanmar Economic Bank(MEB), Myanmar Investment and Commercial Bank.(MICB))の内、MICBとMEBがSDNリストより除外されたことだ。この除外措置に加えて、General Licencse19には、今回、Innwa Bank, Myawaddy Bankの2行が新たに追加された。つまり、アメリカ企業が取引をしても良いと認める銀行が2行増えたということなる。米国企業がミャンマーあての貿易や投資を行うにあたり、ローカル銀行へのアクセスは必要なインフラとして欠かせない。
今回の国営銀行を含む制裁対象除外と、General Licencse19への銀行追加措置は、アメリカがミャンマーへの貿易と投資を促進するための環境を少しずつではあるが、整えつつあるというスタンスが明確である。
ケリー国務長官との会談を終え、共同記者会見に臨んだアウンサンスーチー国家顧問兼外務大臣は、「アメリカはミャンマーの友人であり、今回の経済制裁の一部緩和と制裁の一部継続措置は、ミャンマーの民主化を支援する目的のものであり、将来、適切な時期に経済制裁は全面解除されるだろう」との見解を述べた。
アメリカは、1990年代から自らの積極的な関与で、ミャンマーの民主化を指向しその扉を開けるための努力をしてきた。アメリカとしては、政治的な成果だけでなく、民主化による経済的な果実を享受するためのステップへ一歩踏み出したと評価できよう。
宍戸 徳雄
Norio Shishido