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2017.02.27
宍戸 徳雄
2016年の歴史的な総選挙の勝利と新政権発足からおよそ1年が経過しようとしている。国民からの圧倒的な支持を受けたスーチー政権は、スーチー氏の行政府における法的立場、政権を担う人材不足、国軍との関係、そして少数民族や国内宗教紛争と数多くの課題を抱えての船出となった。
中でも国内における宗教対立としてロヒンギャ問題が国際的な関心を呼んでいるが、仏教徒が国民の9割以上を占めるミャンマーにおいてイスラム教徒台頭に対する社会不安が高まっており、そのことがスーチー政権を大きく揺さぶっている。それを象徴する大事件が先般ヤンゴン空港で起こってしまった。
スーチー政権の発足当初から法律のアドバイザーとして活躍していたスーチー氏の側近の一人である弁護士のコーニー氏が、白昼堂々と銃殺された。コーニー氏は、ジャカルタから出張の帰りで、子供を抱えて車に乗り込もうとしていた背後から無残にも銃弾に倒れた。その残忍な行為の映像が報道され衝撃が走った。まもなくヒットマンは逮捕されたが、この事件の背景については、様々な憶測を呼んでいる。政権を揺さぶるための国軍関与説まで飛び出し、国内に緊張が走った。
私の見立てでは、この事件の背景には、ロヒンギャ問題に端を発したミャンマー国内におけるイスラム台頭への社会的な不安が、かなりの程度で高まっていることがあげられると考ている。特に、ミャンマー国内には、数年前米国の雑誌『TIME』でも取り上げられたこともあるが、テロも辞さない過激な仏教徒組織が勢力を持っており、国内のイスラム教徒への迫害行為を扇動していた。
今般殺害されたコーニー弁護士は、イスラム教徒であり、政権内でもロヒンギャ保護の論戦を張っていた代表的な一人である。
ロヒンギャ問題とは、以前のコラムでも解説したことがあるが、ラカイン州におけるイスラム教徒であるロヒンギャの市民権の問題である。ロヒンギャはミャンマー国内に100万人以上いると言われているが、その市民権が認められず差別や迫害を受け、対立する仏教徒や国軍との衝突の中で数多くの死傷者が出ている。結果、近隣諸国に浮浪難民化して脱出したロヒンギャの人権問題が国際社会からスーチー政権への非難の的となってきた。 スーチー政権はこの問題に適切な対処法を見いだせずに苦しんでいる。スーチー政権は、国連の協力も仰ぐ形で同問題の解決の糸口を見つけたいと奔走するも、現状までに希望の光はまったく見えてきていない。スーチー政権としては、国民の圧倒的なマジョリティを占める仏教徒への配慮からか、身動きが取れなくなっている。
このような背景のもと、イスラム教徒でロヒンギャ保護主義を主張するコーニー弁護士は、政治的かつ宗教的な思想対立の犠牲になったと見るべきであろう。スーチー氏側近で政治的にも影響力を持っていたコーニー弁護士の死により、ますますロヒンギャ問題は混迷を深め、スーチー政権の基盤を揺るがす難題として、ミャンマーにおける大きな不安定要素として残り続けることは憂慮すべきことである。
宍戸 徳雄
Norio Shishido