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COLUMN コラム

悠久の国インドへの挑戦

2016.05.09

「悠久の国インドへの挑戦」32 忘れ得ぬ出来事

藤崎 照夫

釣りを楽しむ子供たち(インド北東部、アッサム州)

今月号の原稿の依頼を受けてからこれまで私が執筆してきた原稿をもう一度読み返してみましたが、自動車メーカーの社員としてのインドでの2回に亘る10年近い駐在経験を基にプロジェクト発足、工場用地の選定、従業員の採用、研修、日常の経営、労務問題等など30回を超える記事をご提供して来ましたが、これがインドでのビジネス展開をご理解頂く一助になったのであれば幸いです。

私はインドでの駐在開始から2回目の駐在を終えて、次の任地である台湾へ赴任するまで約3千日分の日記を付けてきました。これは「インドではきっと想像出来ないようなことも含めて色々なことが起きるだろうから自分の記録を残しておこう」という気持ちからスタートしたのですが、開始した時はまさか2回も駐在するとは想像していませんでしたが、その3千日を越える駐在期間中に特に記憶に残る忘れ得ぬ出来事の幾つかを書いてみたいと思います。

やはり一番最初で一番強烈だったのは赴任直後の労働争議ですが、これについては3回に亘り詳述して来ましたので割愛しますが、次に起こった大きな出来事は、「パートナーの突然の死去」です。最初に駐在した会社は二輪車の製造販売の対等合弁の会社ですが、この会社にはパートナー側から会長(非常勤)、そして会長の長男及び三男の二人が常勤で会社の経営陣に参画していました。この長男は私より3歳若く温厚で周りの人達皆に優しい素晴らしい人柄の人物でした。

この人はラーマンさんという名前でしたのでこれからラーマンさんと書かせて頂きますが、彼との思い出は沢山ありますが最初のお付き合いは彼が会長と二人で日本を訪問した時に私が本社の課長として浅草見物や鈴鹿工場見学等に案内したのが始まりで、その後私が赴任して一緒に経営に携わることになりました。読者の皆様は3Sという言葉をご存知だと思いますが、これは特に生産現場でよく使われる言葉で“整理”、“整頓”、“清潔”の頭文字を取った言葉です。

インドの工場でも基本的なスローガンとして3Sは指導されていましたが例えば工場でごみが落ちているのを社長が見つけたとすると、社長は工場長を呼び「ゴミが落ちているぞ」と言い、そして工場長から課長、担当と指示されて、最後はスイーパーが掃除をするというのが一般的なインド人の行動パターンです。ところがラーマンさんは違っていました。ある日私と彼が工場の中を見て廻っている時に彼は使用済みの手袋が床に落ちているのを見つけました。彼はそれを自分で拾い上げ同道していた工場長に屑かごに捨てるように手渡しました。私はそれを見て「この人はすごい人だな」と感心しました。インド人のオーナー社長が自分からごみを拾うことなどあり得ないことだったからです。私のセンチメンタルな思い出話になるかもしれませんが、次回もお付き合い頂けたら幸いです。

藤崎 照夫

Teruo Fujisaki

PROFILE
早稲田大学商学部卒。1972年、本田技研工業(株)入社後、海外新興国事業に長年従事。インドでは、二輪最大手「Hero Honda」社長、四輪車製造販売合弁会社「Honda Siel Cars India」初代社長として現地法人トップを通算10年務める。その後、台湾の四輪製造販売会社「Honda Taiwan」の初代社長、会長を務めた後2006年同社退職。現在はサンアンドサンズ社、ネクスト・マーケット・リサーチ社等の顧問として活躍インド、アジア事情に幅広く精通している。

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