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2015.02.23
菅野 真一郎
中国現法運営について是非念頭に入れておいて頂きたい中国社会、中国人の習慣があります。それはキックバックです。
資材調達、物品購入、印刷発注等物の売買にはつきものと言っても過言ではありません。購入(発注)側は納入業者に平気で水増し請求を指示します。納入業者も慣れたもので10~20%の水増しした請求書を提示します。
会計係は請求書の金額を支払います。納入業者は受取金額の領収書を発行します。これで伝票上の処理は金額の矛盾なく完結します。後日水増し金額の半分は購買部門に還流し、プールされます。国有企業の場合、このプール金は後日、給料補填のため、職員に分配されます。外資との合弁企業の場合、中国側パートナーに行き渡り、やはり後日中国側職員に分配されるケースが多いと思われます。購買担当者が個人的に横領するケースは少ないようです。なぜなら、中国人の間では分配金の多少には大変敏感で、少な過ぎると必ず詮索されてしまうからだと思います。
ある大手商社上海事務所の会計担当の女性が地方の管轄事務所から上がってきた複写機2台の購入伝票をチェックしていた時、日本人の所長に対して「この購入伝票の金額はおかしい」と訴えました。所長の指示で当該地方事務所まで出向いて調べたところ、複写機の購入金額は大胆にも3割近く水増しされていたことが判明し、当地の対外服務公司(人材派遣会社)からの派遣社員を解雇すると同時に、対外服務公司からは損害金を弁償してもらったということを聞きました。
当の所長曰く、「伝票を見ただけでは日本人にはわかりません。中国人の職業的勘が物を言いました」と述懐しておられました。
個人所得税、火災保険料、銀行利息、外為手数料等々、これらはいずれもキックバックの対象になり得るものです。
個人所得税は所得を支給する機関が源泉徴収の上、管轄税務局に納付します。私が勤めた金融機関の上海支店開設後最初の個人所得税を納付して帰ってきた女性の会計から「支店長、この還付金をどう処理したらよいでしょうか」と尋ねられました。私は事情がわからず「何の還付金か」と尋ねると、「個人所得税を納付すると、窓口で1%還付されることになっています」と言われ、私が「何時からか」と聞くと「中国では昔からの習慣です」。我々は駐在員事務所を開いて既に9年経っていましたが、うかつにも全く知らなかった訳です(後日、駐在仲間の複数の所長に聞いても誰も知りませんでした)。支店を開設して仕事に忠実で正直な会計担当のお蔭で、還付金の存在を知りました(当該会計担当は少数民族の満州族の女性で、数年後弊行を退職し、現在は会計士の資格を取得し立派に自立しています)。
その後1994年に改訂された個人所得税法第11条には、源泉徴収制に変更し、その手数料として2%を事業主に還付すると規定されています。私の推測は、実は源泉徴収制の前から還付率は2%で、税務局の窓口が1%をピンハネしていたに違いないと思っています。事程左様に中国ではピンハネやキックバックが横行しているということではないでしょうか。
火災保険料は元々1.5%程度のキックバックは常識で、近年は保険業界の過当競争でキックバックも5%が普通の水準と言われております。
銀行の貸出利率も、人民銀行の期間対応の標準利率プラスマイナス10%までは銀行の支店長の裁量で決めることが出来、ここにもキックバックが発生する余地があるようです。
銀行の営業で外為取扱いを申し出る時、「弊行は安全、確実、手数料も他行に負けない位優遇させて頂きます」とセールストークを述べると、相手の経理担当者からは「手数料水準は他行並みで構わない、いくら戻してもらえるのかがポイント」とキックバックを要求される始末です。
中国で仕事をする限り、この様な中国社会の習慣を一概に無視する訳にはいきません。また、自社の社員がキックバックを要求するのを全面禁止したところで無くなる訳でもなく、逆に仕事に対するインセンティブが無くなりヤル気が削がれてしまいかねません。しかも中国人皆がこういう習慣に染まっている訳でもありません。忠誠心の高い人間はこの様な習慣には無縁です。要は、我々マネージャーは、そのような習慣はよく知っていてある程度は眼をつぶっていることをそれとなく職員に知らしめることではないでしょうか。
時にやり過ぎる場合に厳しくチェック出来るかどうかが、マネジメントのポイントだと思います。理想は、この様な習慣は少なくとも自分の会社では全面禁止となる社風を確立することであり、そのためには職員の忠誠心=loyaltyをいかに高めるかだと思います。
キックバックに限らず、中国では金銭の授受に係る異常を発見する方法の一つに、統計があります。長期間継続的に統計を取り、その数値の変動要因あるいは不変動要因を分析すると、異常な取引を発見することが出来ます。購入先の担当者変更や自社の購買担当者変更は数値が動く一つの契機になり、異常発見の契機にもなります。
食品、食糧関係の会社であれば、原料仕入にしても製品販売にしても季節変動があるのが一般です。ところが原料仕入と製品卸売に関わるある国内商社(中国企業)の扱い金額が一年を通じて略々毎月同じであることに疑問を感じた日本人総経理が、当該商社と自社の関係を調べたところ、当該商社は自社の労働組合のダミー会社で相当のコミッションが落とされていたという事例がありました。
中国では事ある毎に行政機関や公的機関(電力会社、電話局、ガス会社等公共事業会社が多い)から、寄付金や費用負担(一般に“乱収費”と言われている税金以外の金銭徴収)の請求が多く、経理担当の中国人職員はお上からの要求には弱く、支払ってしまってから上司に事後報告するケースが後を絶ちません。支払ってしまったお金を取り戻すことはまず不可能です。金銭支払いの厳格な決裁基準を予めきちんと制定して職員に周知徹底・教育することが大事です。
以上述べてきました通り、中国では金銭の遣り取りに関してはとかくトラブルが発生し易い風土にあることは現実として受け止めざるを得ません。
中国での合弁で人事・総務と経理部門のどちらを確保すべきかと言えば、経理をとるべきと考える由縁でもあります。例えば総経理が日本側、副総経理が中国側の場合、経理部長や購買部長は日本側派遣者が務め、「(具体的例示を示して)…などの人事・労務に関わる最終決済は、総経理・副総経理合議制とする」として、人事・総務にも日本側がにらみを利かす工夫が必要です。
(つづく)
菅野 真一郎
Shinichiro Kanno