文字サイズ
2015.06.15
菅野 真一郎
古来「事業は人なり」と言われますが、中国事業に於いても、その成否を決めるのは派遣人材次第と言っても過言ではないと思います。
派遣人材の備えるべき要件は前にも述べましたが三つの「ま」、即ち「まじめで、まめで、がまん強い」ことで、「さんま」がいいと私は思っています。
更に本社の人事部門や経営者の方々に申し上げたい事は、中国現法に複数の人材を派遣する場合、特にご留意いただきたいことは、人材の組み合わせです。一人一人の能力は二の次、何よりも派遣される人達の団結、チームワークを最優先にしていただきたいと思います。
交替要員の人選は、これから派遣する人が、現地に残っている人達とチームワークがとれる人材かどうかが、大事なポイントです。
従って当然のことながら派遣日本人のトップになる人は、他の派遣日本人から一目も二目もおかれて資質、力量共に優れ、しかもチームワークを構築するのに相応しい人材ということになります。
ある日系の合弁家電メーカーでは、日本の地方工場から生産管理と財務のプロが派遣され、総経理は欧米の先進地域から直接中国に派遣されてきました。製造部長と財務部長の二人はハードな合弁交渉に携わり、ようやく会社設立にこぎつけたいわば戦友同士で仲も良かったのですが、総経理は海外事業運営経験が豊富ということで、合弁会社設立直前に派遣が決まり赴任してきました。そしてこの総経理が最初に取り組んだのは、自分のゴルフ会員権の購入と、その資金借入申込みでした。苦労を共にした二人の先遣者からみると本末転倒の動きにみえて総経理とは少し溝が出来たようでした。
生産、販売が本格化するのに伴い、製品はどんどん売れるのですが、代金回収がうまくいかず、未収金が膨らむ一方で、人民元の運転資金借入需要も膨大になりました。まだ外資銀行の人民元業務が認められておらず、中国の国有商業銀行は国有企業優先の人民元貸出方針だった為、財務部長の苦労は大変なものでした。我々も親しい国有商業銀行に保証を提供してその会社の人民元調達をサポートしましたが、売上増加=未収金増加=人民元借入拡大の悪循環です。
さすがの総経理もこれは大変だと気がついて、「代金回収は自分の責任だ」と言って、掛売の抑制方針を打ち出すと同時に、代金回収に自ら取組み、中国全土の出張行脚が始まりました。その出張日程は、一軒でも多く廻ろうとして、普通二泊三日は必要とする遠隔地も、一泊二日、しかも朝は早くから夜遅くまで必死で出張日程をこなしたということです。
総経理の率先垂範に日本側派遣者も中国側パートナーも総経理を見る眼がすっかり変わり、合弁会社全体に緊張感が出てきて、代金回収も少しずつ改善してきました。
その頃総経理にお会いすると、中国での販売活動のノウハウや代金回収のノウハウについて、経験に裏付けられた貴重な話をいくつもお聞きする事が出来るようになりました。同じ悩みを有する他社の駐在員や本部の方を紹介しても、いつも快く応対していただき経験を語ってくださいました。
生産部長や財務部長も、「うちの総経理のヤル気は本物、我々も安心してついて行けるようになりました」と述懐するようになりました。会社業績も上向き増設に次ぐ増設です。
やがて当該総経理は本社の役職定年に達しましたが、特別に定年延長で総経理を続けると同時に、他の事業部門の中国現法の管理も委託され、むしろ定年前より忙しくなったとボヤいておられました。
数年の定年延長を経て帰国され、ようやく悠々自適の生活に入られた次第です。
私は、人間は五十歳を過ぎても変われるということを知り、自分に対する戒めにすると同時に、トップマネジメントが本気になって率先垂範がんばることで日本人同士や合弁会社全体の団結やチームワークが築かれ、中国事業が好転する貴重な実例を学ぶことが出来ました。
ところで皆さんご承知のように、中国経済は昨年2014年のGDP実質成長率が7.4%、今年2015年1~3月が7.0%というようにスローダウンしております。昨年11月以来の数次に亘る金利引き下げや金融機関が中央銀行に預ける預金準備率の引き下げで金融を緩め、内需を拡大し経済成長を維持しようとしておりますが、同時に、李克強総理の会議での発言を読んでいますと、「農業分野や中小企業向けの貸し出しをもっと大胆に増やせ」とはっぱをかけています。これは何を意味するか。国内販売に係る売上債権の回収が、販売先の中国企業の販売停滞や資金繰り逼迫で、長期化する傾向にあることを意味しております。
今回に限らず、中国では経済変動の節目では、数字を取り繕うための売り上げの水増しや原材料・商品の横流しなど潜在的な諸々のリスクが表面化することが多く、そのリスク管理には最大限の注意が必要です。そのためには日頃から自社取引先の動向だけでなく、他業種、他社の情報を絶えず収集、分析する姿勢・習慣が大事です。
常日頃から統計資料(取引先別の売上推移や代金回収状況―サイトの変動も)を整備し、異常な動きや世間の動きと乖離する動き(例えば季節変動が反映されないなど)をチェックするのも一法です。
日本の税務署の不正摘発の手法の一つに、時系列の統計をとり、異常な動きから探りを入れていくのと同じ考えです。
情報はちょっとしたきっかけで入りますので、派遣日本人だけでなく会社全体の意思疎通、チームワークが大事な所以でもあります。(また、社内の思い切った人事異動で体制刷新を図るのも、自社のコーポレートガバナンス上も必要になると思います。
(つづく)
菅野 真一郎
Shinichiro Kanno