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2016.06.13
菅野 真一郎
会社トップ(本件では建築設計会社社長)の訪中の目玉行事は、当該市(本件では上海市)行政部門のトップ即ち市長又は副市長との面談です。
こういうハイクラスとの面談設定は、現地法人や駐在員事務所に勤める日本人派遣者の力量の見せ所ですから、中国側のパートナーや当該業種の受入単位(本件では設計公司や建設公司など)に協力を仰ぎ実現に奔走します。
会見場では中国側にパートナーや受入単位のトップが並んで座ります。
最初に市長(または副市長)が歓迎の挨拶と中国側の主だったメンバーの紹介をします。
続いて当方より答礼の挨拶をします。
先ず面談の機会を得たことに対する謝辞、次に当方メンバー紹介。当方メンバー紹介の最後はトップの自己紹介ですが、初対面の人に対しては重要な項目です。中国人は初対面で相手について相当程度評価を下そうとしますので、大変興味を持って聞きます。これまで携わったプロジェクト、事業、工場建設、中国との往来、もしあれば自分の中国観などを率直に語ればよいと思います。自分の失敗談は、それでも社長になれたということで、参考にもなるし、笑いを誘いやすく、とても喜ばれます。もし奥様が同行されていれば奥様を印象深く(例えば中華料理の獅子頭をつくるのが上手とか、龍井茶が大好きとか)紹介することも大事です。中国側は奥様帯同を大変喜ぶことは既に述べた通りです。この社長は中国を安心してみてくれていると思うわけです。
さらに今次訪中目的を簡潔に述べます。パートナーへの敬意並びに会談実現の労苦に対する謝意表明、パートナーとの交流目的、これまでの交流経緯、将来計画等に触れます。計画実現のための市長(市政府)の側面支援、協力も要請します。
合弁事業計画であれば、市長や市政府にとっても利益のある事ですから、彼らは喜んで協力を約束してくれます。
ただし初対面の段階では外交辞令の域を出ないことも認識しておく必要があります。
次は当方の会社概要を説明します。
業績の外に業界地位(グループ企業であればグループ内位置付け)、最近完成したプロジェクト、事業、工場、計画中のプロジェクト、事業、工場建設、中国との取引関係、中国事業への取組方針などについて、極力簡潔に述べます。先方は事前ブリーフィングを済ませていますので、客観的事実の説明は出来るだけ手短に行うのがポイントです。
先方は当該業種の世界や日本の潮流、現在の動向、将来見通しについて強い関心を持っていますので、それらについての数字も交えた客観的説明、社長個人の見方、判断には熱心に耳を傾けます。
ただし、中国はむしろ一気に日本の現状や将来見通しを乗り越えてしまう―例えば日本で20~30年要した事態が5~10年で実現してしまう―可能性がありますので、表現には注意が必要です。20インチの白黒テレビが主流だった人口7億人の農村のテレビはあっという間に大型カラーテレビ時代を終えて薄型液晶テレビ時代に突入し、しかも一家に2~3台の時代になっています。携帯電話の農村の普及、スマホの全国普及、IT分野の発展など枚挙にいとまはありません。
もし、自社の現地法人や駐在員事務所の責任者がいれば、その人の紹介やその人に対する指導、協力支援要請を行うことも大事です。
また中国人との面談で気をつけることは、求められれば自分の意見は率直に述べて構わないと思いますが、初対面では批判、注文、説教は極力控えた方が無難です。歯の浮く様なお世辞は禁句であることは既に述べました。この社長は口先が達者だなと誤解される惧れ大です。
先方との対話の間合いを考えながら、例えば先方があまり積極的に発言せず間がもたないような雰囲気になったら、今次訪問時に見聞した事象の感想を述べることはもちろん問題ありません。中国または上海の発展ぶり、日本に於ける中国や上海の評判、日本の経済界に於ける中国や上海の評価、自分の個人的感想等々です。
面談の後半では先方の次回訪日計画の有無を聞き、自社への来訪、相手が興味を示したプロジェクトや工場見学案内を申し出ることも必要です。先方は担当者がしっかり記録していて、必ず来ます。この事は先方との関係緊密化にも重要なポイントとなります。
先方から「今回の訪問はいつまでですか」とか「今回はいつお帰りですか」などの発言があれば、面談終了のサインですから、謝辞を述べ、次回日本又は上海での再会を希望する旨伝えて、握手して辞することになります。おみやげがあれば、最後に手渡します。
行政府トップとの面談で現地駐在員の最大の悩みは日時が確定しにくいことです。
ギリギリまで決まらず本社からは矢の催促というのは、毎度のパターンです。中国は官僚主義国家ですから、外国人との面談より、国内の党や行政府の会議や都合が最優先することが原因です。決して現地法人や駐在員事務所の責任者の能力の問題ではないことを、本社の関係者には理解していただきたいと思います。
また、本社の会長や社長が訪中するから、市長との面談をセットするようにとの本社からの指示がありますが、市長が国内出張や海外出張でいなければ会えない道理です。中国サイドのトップに会いたければ、自分の都合でなく先方の都合に合わせて日程を組むことが大事なことは自明の理です。
このような交流を積み上げて行政トップと親しくなることは、合弁パートナーに「この日本の会社に無理難題を言うと、行政トップに直訴されかねない」と警戒され、トラブル発生の牽制にもなります。
訪中の際のおみやげは悩みのタネです。初対面では特に中国側が何らかの手土産(地方特産のお茶、地方の歴史、観光名所、風景を紹介する冊子・パンフレット、絹製の手工芸品など)を用意しているので、当方も手ぶらでは格好がつかない感じがします。
中国側特に国有企業や行政府の個人はあまり高価なおみやげは直接受け取りにくい内規があります。中国内価格200元(約4,000円)相当を超えるものは申告の必要があり、自分のものにするには相当の税金を納める必要があります(今もこの内規が生きているか、厳格に適用されているかは不祥です)。時代によりこの規定が厳格になったりルーズになったりしている模様です。
業種に関係する書籍(日本語でも英語でも可)、技術書・専門書、写真集などがスマートです。中国国内できれいなカラー印刷ができなかった時代(1900年代、香港に発注していた時代)には、中国選手が活躍したオリンピックの写真集などは、オリンピック直後であれば、市長、副市長クラスにもとても喜ばれました。自社やグループ企業の製品は誰からも納得されやすく、相手も受け取りやすいようです。日本の有名なお菓子は、中国ではお菓子の価格が安く、ケチったように思われた経験があります。
(つづく)
菅野 真一郎
Shinichiro Kanno