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2017.01.23
菅野 真一郎
③悪徳ブローカーの事例(その1)
前回(第42回)で悪徳ブローカーの特色の一つとして、「悪徳ブローカーが接近してくる行動パターンは、直接コンタクトしてくることは稀で、必ず日本企業の経営者や役員と親しい人物を介して近づいてくるのが特色です。経営者や役員が警戒心を緩め悪徳ブローカーとの面談を断りにくくするお膳立てでもあります」と申し上げました。
親しくして頂いていた日本で有数の外食レストラングループから「オリンピックを前に某都市の国際空港に、外国からくる観光客を対象とする洋食レストラン開店の競争入札に応札するため、ある中国人仲介者から中国進出を慫慂されているが、話を聞いてほしい」との依頼がありました。
社長、関係役員立会いの下に面談しました。彼は自分がこれまで手掛けた日本企業の中国プロジェクト名をいくつか挙げて、その内容は詳しく話さず「00億円の利益を確保した」とか「00億円の損失を免れた」と盛んに自分の実力をアピールし、東京の中国大使館や商務処のトップクラスの名前を挙げて自分の人脈の広さを誇示しました。その中で某直轄大都市での某自動車メーカーA社のプロジェクトについて「数十億円の損失を回避できて感謝されている」という話を聞いて「おやっ?」と思いました。その都市は別の日系大手自動車メーカーB社の本拠地で、A社は出入りなどしていないからです。(念のためすぐにA社の中国部門の知人に確認したところ「弊社がその都市に進出を考えるはずはないじゃないですか」と言われました)。
私は外食会社の社長に「仲介人があげたいろいろな中国人脈の名前は、日本人の中国関係ビジネスマンなら誰でも知っています。またA社の話は全くのデタラメです。この仲介者の話は信用できません。彼は外食事業経営の経験も知見もありませんから、素人に中国事業を任せるのは危険です」と率直に申し上げました。しかし社長は「私が長年尊敬している日本の経済界の有力者の紹介なので彼は間違いない。弊社には言葉ができる中国事業を任せられる人材はいない。中国に足がかりを作る絶好のチャンス」と、すっかり中国人仲介者を信頼しています。
話がどんどん進められ競争入札参加の準備をしているとき、応札条件に「すでに当該市内にレストラン出店実績があること」とあることがわかり(まったくうかつな話だと思いますが、最初から計算づくの引きずり込み作戦かもしれません)、急遽市内中心部のビルの一階にレストランを開業しましたが、空港レストランの入札は失敗しました。さらに仲介者からは南方の国際空港の増設部分でのレストラン開業を勧められましたが、計画が泥縄式でずさんなため、これも失敗しました。結局のところ当初に設立した外食会社の資本金やその後の費用を賄う増資のため、わずか2~3年で数百万ドルを投入し、成果はゼロという有様です。増資の時や南方進出の時も「仲介者は外食経営のノウハウも知見もない、中国で素人が経営するのは極めて危険、自社からの派遣社員(副総経理)も言葉が通じないため仲介者がなすがままで力の発揮しようもない、失敗案件の典型になる」と忠告しましたが、「経済界の有力者の紹介なので問題ない」の一点張りでした。最終的には何の成果もなく、新聞では「中国事業撤退」と報じられ幕を閉じました。
私は市内のレストランを昼食時に見学しましたが、お客はゼロ、従業員に総経理(仲介者)はいつ店にいるのか聞いても「ほとんど見かけない」という有様、さらに自分の総経理としての給料と夫人の財務部長としての給料と、経理の実務を担うという夫人の知人女性の給料で毎月多額の支出がなされている状況でした。あまりのいい加減さに、総経理の豪華マンションを訪ねいろいろ問い詰めると、突然大声を張り上げて我々を恫喝し、自室に戻ってしまうという状況でした。最初に日本の本社で面談した時の物静かな態度とはまるで異なる風情で、悪徳ブローカーが追い詰められた時の一つのパターンでもあります。
私は後日、本社の社長に「紹介したのが有名な経済界の方なら、ほかの経営者にもこのブローカーを紹介している可能性があり、似たような被害が拡散する恐れがある、一度当該経済人に会わせてほしい」と依頼し、渋るのを説得してようやくお会いしましたが、「自分は一度も期待を裏切られたことはない、誰に紹介したかは言えない」で物別れになりました。
ここに一つの教訓があります。悪徳ブローカーは自分に役立つ日本人を騙しません。したがってその日本人はすっかり悪徳ブローカーを信用してしまいます。被害が無くならず拡がる道理です。
(つづく)
菅野 真一郎
Shinichiro Kanno