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2016.03.28
北原 敬之
私事ですが、筆者は、勤務していた会社を3月末で定年退職することになり、先日、これまでお世話になった人達に退職挨拶のメールを送りました。多くの方から慰労や激励のメールや電話をいただきましたが、その中から、日本駐在経験の短いアメリカ人の友人達からの質問やコメントの一部を紹介います。
「定年退職って何?」
「知力も体力も気力もまだ十分あるのに、なぜ60歳になったら退職しなくちゃいけないの?」
「日本は終身雇用だと聞いていたのに、話が違うな。」
「年齢によって強制的に退職させるって、年齢差別じゃないの?」
これらの質問・コメントは、日本の雇用システムに対するアメリカ人の素朴な疑問だと思いますが、同時に、我々日本人が無意識に使っている「終身雇用」や「定年退職」という言葉が、実は、日本人にしか通じない「日本人語」であることを示していると考えられます。今月のコラムでは、この「日本人語」という切り口から、異文化コミュニケーションについて考えてみたいと思います。
日本の雇用システムを説明する時に、よく「日本は終身雇用制である」という言い方をします。終身雇用制をそのまま英訳すると「Lifetime Employment System」になりますが、そもそも日本の雇用システムは本当に「終身雇用」でしょうか? 日本の「終身雇用」は、正確には、「新卒採用・定年退職を前提とした長期継続雇用」と表現されるべきもので、簡単に言うと、「学校を卒業して新規採用された社員が1つの会社で継続雇用され、会社の経営不振や本人の不祥事など特別な事情がない限り解雇されることはなく、定年(60~65歳)に達した社員は、本人の意向に関わらず、全員が退職金をもらって退職する。」という意味で、文字通りの「終身」つまり「生きている間ずっと」ということではありません。アメリカ人は、たとえは悪いですが、「終身刑」が一生刑務所に入っている意味であると同様に、「終身」という言葉は「生きている間ずっと」と意味に理解します。
文化・歴史・社会的背景を共有する日本人同士では、前述した意味をお互いに理解しているという前提で、「終身雇用」という言葉を使っているのです。これが「日本人語」です。
「定年退職」はどうでしょうか? 知力も体力も個人差があるにも関わらず、一定の年齢になったら全員一律に退職するというシステムは、年齢という誰の目にも明らかなファクターによって退職することで個人間の公平を保つという意義があります。また、年齢の高い社員が退職することで、若い新しい社員を雇用する余地が生じるという社会的な「新陳代謝」の意義もあり、日本人の知恵によって生まれたビジネス文化と考えられます。
アメリカには「定年」という概念がないので、該当する英語もありません(あえて言えば「Retirement Age」)が、知力・体力の個人差を無視して全員一律の年齢で退職する日本の「定年退職」のシステムはアメリカ人には理解できないし、受け入れることはできません。もし、日本企業がアメリカで日本型の定年制を導入しようとしたら、間違いなく「年齢差別」の訴訟が多発するでしょう。日本人が当たり前のように使っている「定年退職」という言葉も、日本人だけにしか通じない「日本人語」なのです。
「日本人語」の例は他にもたくさんありますが、まず理解しなければならないことは、「ハイコンテクスト文化」の日本で通用する「日本人語」をそのまま英語にしても、「ローコンテクスト文化」のアメリカでは、文字通りに解釈するため、日本人が思っている意味には理解されないということです。まず「日本人語」を、その背景も含めて、異文化のアメリカ人にも理解できる「日本語」に直してから英語に訳す、「日本人語→日本語→英語」のプロセスが必要です。言い換えるなら、言葉という「形式知」だけでなく、その言葉に含まれる「暗黙知」も含めて表現するということです。日本人同士なら意識しなくてもいいことを意識する、異文化コミュニケーションとはそういうことだと思います。
尚、会社を定年退職したため、現役のビジネスマンではなくなりましたが、今後は、大学で経営学を研究する立場から、引き続き、「日本人ビジネスマン」の視点から見たアメリカの企業文化・マネジメントや異文化コミュニケーションなどについて、このコラムを通じて情報発信していきますので、よろしくお願いします。
北原 敬之
Hiroshi Kitahara