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COLUMN コラム

日本人ビジネスマンの見たアメリカ

2016.05.23

「日本人ビジネスマンの見たアメリカ」No.26 『産業集積から産業クラスターへ』

北原 敬之

ルネッサンス センター(デトロイト)

筆者は、アメリカ駐在時代、ミシガン州のデトロイトで仕事をしていました。デトロイトはアメリカ自動車産業の中心地として知られており、自動車メーカー,部品メーカーをはじめ、多くの自動車関連企業が拠点を構えています。経済学・経営学の分野では「産業集積」という言葉がありますが、正に、デトロイトは自動車の「産業集積地」です。今回のコラムでは「産業集積」について考えてみたいと思います。

デトロイト周辺には、かつて、アメリカの三大メーカーであるGM・フォード・クライスラーの自動車生産工場が集中し、世界最大の自動車生産地域でしたが、近年は、古い工場が閉鎖されたり、UAW(全米自動車労組)の影響が小さくコストが安い南部・中西部の州に移転して、デトロイト周辺の工場は少なくなっています。また、日本や欧州の自動車メーカーも南部・中西部に工場を建てることが多く、デトロイト周辺の自動車生産台数は年々減少しており、既に、自動車生産の中心地ではなくなっています。しかし、相変わらず、デトロイトが「自動車産業の中心」と呼ばれる理由は、デトロイトが自動車技術・情報の集積地であるからです。

GM・フォード・クライスラーは、デトロイト周辺の工場は縮小あるいは閉鎖しましたが、研究開発の拠点であるテクニカルセンターはデトロイト郊外に置いていますし、デトロイト周辺に工場を持たないトヨタ・日産も、デトロイト郊外に大規模なテクニカルセンターやテストコースを展開しています。世界の2大自動車部品メーカーであるボッシュ(ドイツ),デンソー(日本)もデトロイト郊外にテクニカルセンターを開設しています。また、自動車関連の技術を研究する研究機関や大学も多数デトロイト周辺に存在しています。

このように、デトロイト周辺には、自動車産業に関連する企業や研究機関・大学等が多く、そこで働く多数のエンジニアたちが、常日頃、公式・非公式な交流を行うことによって、情報交換や技術的な議論が活発化し、地域全体としての技術レベルが向上していると考えられます。言わば、「エンジニア間の情報ネットワークによる技術の集積」です。 「産業集積」は、1つの産業とそれに関連する産業の工場が集中する「生産の集積」と考えがちですが、「技術と情報の集積」、言い換えれば、技術と情報を持っている「人の集積」と考えた方が実態に近いのではないかと思います。日本では、産業集積と言うと、○○工業団地や○○産業振興センターなどの「入れ物」を作ることから始めようとしますが、「技術と情報の集積」「人の集積」をどうやって実現するかを考えることが先ではないでしょうか。

そのことをもっと明確に認識できる場所があります。それは、カリフォルニア州のシリコンバレーです。ご存じのように、シリコンバレーは、アップル,HP,グーグル.フェイスブックなど世界のIT産業をリードする企業が起業され本社を構える「IT産業の中心地」です。シリコンバレーは、筆者もアメリカ駐在時代に数回訪問したことがありますが、自由闊達で明るい雰囲気の街で、IT関連の大企業と多数のベンチャー企業が混在し、そこで働くエンジニアたちが、研究会・勉強会やランチなどの機会に交流し、情報交換やディスカッションを活発に行っています。また、スタンフォードをはじめとするトップレベルの大学や研究機関も多数存在し、情報ネットワークを形成しています。この情報ネットワークを通じた技術交流の中から、イノベーションが生まれたり、新技術を活かしたベンチャー企業を起業する仲間と出会ったり、あるいは、ベンチャー企業を応援してくれる出資者(引退した経営者やエンジニアが多い)を見つけたりします。言うなれば、「ITソサエティ」を形成していると言っても過言ではありません。
最近、シリコンバレーに情報収集拠点を構える日本企業が増えているようですが、お客さんの立場では本当の情報収集はできません。シリコンバレーの「ITソサエティ」のメンバーとして情報ネットワークの一員になることができるかどうかが成功のカギだと思います。

マイケル・ポーター教授が提起した「産業クラスター」論は、生産をベースとする工場の集積を前提とした伝統的な「産業集積」から、ネットワークをベースとする「技術と情報の集積」「人の集積」を前提とした「産業クラスター」に進化していくことを示していると考えられます。最近、日本でも、大学のある分野の技術研究所を地方に誘致し、研究所の周辺にその分野の企業が進出することによって「産業クラスター」が形成されつつある実例もあり、期待が持てます。

日本では、近年、「オープンイノベーション」という言葉がよく聞かれるようになりましたが、「オープンイノベーション」は、政府や大企業の主導で生まれるものではなく、「技術と情報の集積」「人の集積」を前提とした「産業クラスター」において、組織の壁を超えた情報交換や自由な議論の中から生まれるものだと思います。シリコンバレーのIT産業の隆盛がそれを証明しているのではないでしょうか。

北原 敬之

Hiroshi Kitahara

PROFILE
京都産業大学経営学部教授。1978年早稲田大学商学部卒業、株式会社デンソー入社、デンソー・インターナショナル・アメリカ副社長、デンソー経営企画部担当部長、関東学院大学経済学部客員教授等を経て現職。主な論文に「日系自動車部品サプライヤーの競争力を再考する」「無意識を意識する~日本企業の海外拠点マネジメントにおける思考と行動」等。日本企業のグローバル化、自動車部品産業、異文化マネジメント等に関する講演多数。国際ビジネス研究学会、組織学会、多国籍企業学会、異文化経営学会、産業学会、経営行動科学学会、ビジネスモデル学会会員。

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