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2016.08.01
北原 敬之
日本企業は基本的に「自前主義」で、すべての技術を自力で開発しようとしますが、IoT(物のインターネット化),AI(人口知能),ロボットなどの技術進化のスピードが早く、情報・通信・光学・電子・機械・自動車などの技術の融合化が進む現代においては、自前主義を捨てて、同業他社・異業種企業・研究機関・大学などと幅広く連携して研究開発を進める「オープン・イノベーション」が求められています。日本でも「オープン・イノベーション」という言葉が聞かれるようになって何年か経ち、分野によっては「オープン・イノベーション」が進展している例もありますが、日本全体としてはまだ十分とは言えない状況です。今回のコラムでは、技術の高度化時代の社会発展・経済成長に不可欠な「オープン・イノベーション」について考えてみたいと思います。
アメリカは、日本に比べて「オープン・イノベーション」が盛んです。筆者も、アメリカ駐在時代に、あるハイテク分野の「コンソーシアム(共同研究プロジェクト)」に間接的に関わった経験がありますが、アメリカの「オープン・イノベーション」が日本よりも上手く行っている理由は下記の3点にあると考えられます。
アメリカで筆者が共同研究プロジェクトのキックオフ・ミーティングに参加した時、アメリカ人のメンバーは、政府・大学・研究機関・企業とそれぞれ異なる組織に属しているのにもかかわらず、最初からみんな親しそうにしていることが不思議でした。ミーティング後のパーティーの時にそれとなく訊いてみると、彼らは、1つの組織にずっと属しているのでなく、例えば、大学を卒業して企業に勤務した後大学院で学位を取得して研究機関に移ったり、政府から研究機関に移り実績を買われて大学の教員になったり、いろいろなパターンがありますが、組織間を異動しながらキャリアアップしていくので、メンバーは知り合いが多いということでした。
日本の場合は、政府も企業も大学も、ずっと1つの組織に属している人が圧倒的に多く、所属組織に対する忠誠心が高い等の長所がある反面、人材の固定化によって視野が狭くなったり、いわゆる「金太郎飴」になってしまうリスクもあります。「長期雇用」は日本の伝統的な企業文化であり尊重すべきと思いますが、オープン・イノベーションには「人材の多様化」「情報交流」「視野の広さ」が不可欠であり、人材流動性の高いアメリカ型が向いていると考えられます。
「共同研究プロジェクト」はオープン・イノベーションの代表的な形態ですが、日本企業が共同研究プロジェクトへの参画を躊躇する原因は、「自社の技術情報が他社に流出しないか」と「プロジェクトで得られた研究成果の権利が貢献度に応じて公正に配分されるか」という「2つの不安」にあると言われています。日本の企業文化では、契約であまり細かいことは決めず、「当事者が誠意を以って協議する」という曖昧な文言に象徴される「信頼をベースとした関係」でいろいろなことが決められます。この「信頼をベースとした関係」は、日本の企業文化の美点でもあり、ビジネスが上手く行っている時はプラスに作用するのですが、逆の場合は、マイナス面の方が大きくなることもあります。特に、共同研究プロジェクトのように、競合関係にある複数の企業がお互いに最先端の技術情報を出し合って1つのテーマで研究するような場合、「信頼関係」だけですべてをコントロールするのは難しく、1つ歯車が狂うと、拠り所である「信頼関係」が崩壊し、お互いに疑心暗鬼になってしまうこともあり得ます。それに対して、アメリカでは、細かいことまですべて契約で明らかにするため、契約書が分厚くなり、弁護士費用も嵩みますが、当事者の不安は少なくなります。考え方や行動パターンが異なる企業・研究機関・大学など多くのメンバーが参加する共同研究プロジェクトには、こちらの方が適しているように感じます。言い換えれば、「信頼に依拠することで曖昧さを残す日本的な関係」よりも、「契約に依拠することですべてを明確にするアメリカ的な関係」の方が、オープン・イノベーションに向いているということだと思います。
日本企業は、「イノベーションは研究開発で技術屋の仕事、ビジネスモデルはマーケティングあるいは企画で事務屋の仕事」と考える傾向が強いですが、アメリカでは、元々、技術屋・事務屋という分類はないですし、研究開発とビジネスモデルを一体化したものがイノベーションと考えます。日本でオープン・イノベーションが今一つ上手くいかない原因の1つは、「技術屋・事務屋間の壁」とそれを背景とする「イノベーションとビジネスモデルの分離」ではないでしょうか。よく言われる「研究のための研究」という批判は、イノベーションからビジネスモデルの視点が欠落していることを意味していると考えられます。技術の高度化・融合化とビジネスのグローバル化が同時進行する現代においては、ビジネスモデルも含めた幅広い視点でのオープン・イノベーションが必要不可欠です。
日本政府が「オープン・イノベーション」の旗を振ることは大賛成ですが、ちょっと立ち止まって、オープン・イノベーションを成功させるためには「何が足りないのか」を考えてみることも必要ではないでしょうか。
北原 敬之
Hiroshi Kitahara