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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン フィンランドで苦闘したあるビジネスマンの物語

2015.05.11

【世界最北の日本レストラン―フィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(54)】臆病で意気地なし

長井 一俊

狩猟に成功、自慢の写真。(ヨハンソンさん提供)

狩猟に成功、自慢の写真。(ヨハンソンさん提供)

心待ちにしていた背の高いご夫人を、一番奥のテーブルに通して、私はロッカーにしまってあったISADORAのバッグを彼女に渡しながら、今度はフィンランド語で礼を述べた。すると、彼女は『フィンランド語は話せません。母国語はスウェーデン語です』と英語で答えた。私がスウェーデン語で礼を言い直すと、彼女は驚きの声をあげた。

変だ!あの晩、私はタクシーに乗った時に、スウェーデン語と英語で礼を述べたのに、彼女は何の反応も示さなかった。私は彼女にその訳を聞くと『ヘッドフォンで音楽を聞いていたので、失礼しました。私の名はヨハンソン、ストックホルムの高校で歴史を教えています』と答えた。

私は数日前に音楽協会から送られて来た小雑誌の見出しに、「北欧人はヘビメタがお好き!ヘビメタの聴視率はフィンランドが世界一!!」と書かれていたのを想い出して、『ことによるとヘビメタを聞いていたのですか?』と問うた。『よく分かりましたね』と、彼女はクスッと笑った。

ヘビメタとはヘビー・メタルの略で、過激なハード・ロックの一ジャンルだ。

『私はシナトラやジュリー・ロンドンで育ったので、デビュー当時のビートルズですら騒がしいと感じました。今でも、ヘビメタはご免です』
『私も始めは違和感を覚えました。でも一度ハード・ロックに慣れてしまうと…』
『なるほど。ウオッカをロックで飲むようになると、水割りでは物足りないのと同じですね』と言うと、英語の駄洒落が通じたのか、大笑いしてくれた。冷たそうに見えた彼女の整った顔が急に和らいだ。

ヨハンソン女史の妹君はフィンランド人の開業医と結婚し、ポリ郊外に住んでいて、この日は10才になる甥を見舞った帰りだと言う。

『貴女の甥御さんはご病気なのですか?』
『…実は義弟の趣味が狩猟で、一昨日、狩りの後に自室でライフル銃の手入れをしていた時、急患が入ったのです。義弟はライフルを机に置いたまま部屋を出てしまいました。甥はその部屋に忍び込み、見まねで覚えた通りに弾を銃に装填して、裏庭で試し撃ちをしたのです。発射の反動でライフル銃の台尻が甥の顎の一部と右肩を強打したのです。父親が医者なので、最悪の事態にはなりませんでしたが、当分学校には行けないでしょう。北欧、特にフィンランドは銃の所有率が高いのです。ですから、甥のような事故が起こってしまいます』

『女性の大半は、銃の所有に反対していると聞いていますが』
『その通りです。昔から男性は“周囲の森に棲む熊から家族を守る為だ”と言って、銃を持ち続けています。でも、熊が家に入り込み、人を襲った話など聞いた事がありません』

『米国では銃の乱射事件が茶飯事ですが、やはりアメリカ人も銃を放棄しませんね』
『欧米人は元々が狩猟民族です。と言っても、狩りに出たのはもっぱら男性で、女性は家を守っていました。ですから、銃への執着はありません』
『大統領が女性になるほど、フィンランドでは女性が強いのに、なぜ銃を規制する法律をつくれないのですか?』
『立法府である議会は、数の勝負です。女性は出産や育児などのハンディを負っていて、議員の数では男性に勝てません。銃の放棄を決めるには、どうしても男性からの賛成票が必要です』
『アメリカでは全米ライフル協会が強過ぎて、銃規制が進まないと言われていますね』
『一つの団体がいくら強くても、過半数の国民を説得する力があるとは到底思えません。本当の理由は、国民自身の心の中にあると思います』

私はそこで、日本の侍が刀を捨てられた経緯、日本において発砲事件が少ない理由について『日本では戦国時代が終わった時、秀吉が「刀狩り」を、江戸時代が終わった時、維新政府が「廃刀令」を、第二次対戦が終わった時、「銃刀法規制強化」がなされて、日本では銃刀による事件が激減しました。時代の節目でしか、武器の禁止は成功しないようです』と持論を披露した。

『その通りかも知れません。アメリカでは“南北戦争”、フィンランドでは“白赤の戦い”の直後に、市民に銃器の放棄を呼びかければ良かったかも知れませんね。現在、アメリカでも北欧でも、銃規制が実現しないのは、政治家達が銃規制を本音で議論出来ないところにあると思います』
『本音って何ですか?』
『多くの政治家が、もう“手遅れだ”と思っているのです。でも、それを言ったら、“やる気の無い人に政治は任せられない”と賛否両陣営から非難されてしまい、本音を語った議員の政治生命は終わってしまうのです』
『本音が言えないとなると、別の理由にすり替えて議論している訳ですか?』
『その通りです。男性議員はいろいろな理屈を付けるんです。禁止されたらバイアスロンの選手が育たない。軍隊に入った時、銃が下手では困る。森の中で熊と遭遇した時はどうすれば良いのか?等々些末な話でお茶を濁してしまうんです。こんなに銃の入手が簡単では、北欧でもきっとアメリカのような銃乱射事件が起きますよ』と、ヨハンソン女史は顔を曇らせた。

彼女の予言通り、後年(2009年)、ヘルシンキ郊外のショッピングセンターで、銃乱射事件が起きて、多くの死傷者がでた。そして2012年には世界の一大ニュースとなったノルウェーのウトヤ島での、たった一人の青年による77人の大虐殺事件が起こってしまった。

『とどのつまりは、男性は銃が無いと心細いのです。夫は私に“もし銃の所有を禁止する法律ができたら、善良な市民は銃を所轄に差し出すだろうが、悪人達は隠し持ち続けるに違いないよ。そうなったら、社会はどうなっちゃうんだい?”と言うのです』
『善人は全て丸腰。悪人だけが銃を持つ社会を私も想像出来ませんね』と夫君の説に同意してみせた。

『そうですか、貴男も!…私の次男は、痛いのが怖くて歯医者に行けません。長男は初恋の相手にデートも誘えません。夫に至っては、結果を知るのが怖くて健康診断にも行けません。銃規制が行われない最大の理由は、いまどきの男は皆、臆病で意気地なしだからです。理想を追えないどころか、現実をも直視出来ないからです』と、以前の厳しい顔に戻ってヨハンソン女史は断言した。見透かされてしまった私は、反論する勇気が失せ、頭を深く垂れるしかなかった。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE
慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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