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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン フィンランドで苦闘したあるビジネスマンの物語

2015.07.06

【世界最北の日本レストラン―フィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(56)】親の因果

長井 一俊

夏至祭の湖上で行われるコッコ

夏至祭の湖上で行われるコッコ

前年の6月末に行われた3日間の夏至際では、ポリの街から人影が失せ、私のレストランは開店休業の憂き目にあった。

この年は悪あがきせず、ラーキオの招きに応じて、ポリ郊外の湖畔にある彼の別荘で過ごすことにした。別荘は、元レストラン協会・会長の肩書きに相応しい豪華なものだった。フィンランドには金持ちはいず、全員が中産階級と言う印象を持っていたが、資産家はまだいたのだ。ラーキオの母親がいまだ存命である事が、その主たる理由であった。『もし母が亡くなれば、莫大な相続税が課せられるので、社員の保養所としてどこかの企業に売却せねばならないでしょう』とラーキオは言う。

恒例の白夜の中で行われる、湖上の薪火祭はコッコ(Kokko)と呼ばれる。悪霊を払い、豊穣を祈願するものだが、ゾロアスター教に代表された拝火の思想は、古代より多くの宗教や民族により、綿々と現代に引き継がれているのだ。私は雑踏の中で見た、奈良の大文字焼や、東山を背景に平安神宮で行われる薪能を想い出していた。それらの幽玄な様を、プライベートビーチで見られる事は、湖水の多い北欧ならではの贅沢である。開店以来はじめて3日間ののんびりした休暇を過ごし、2週間後に迫った“ポリジャズ祭”への良い休息となった。

ヨハンソン女史と知り合って以来、私もヘビメタを理解しようと考え、ある日、ケーブルテレビでヘビメタ専門チャンネルを選んでみた。すると、メタリックな黒や銀の大柄な市松模様の衣装を纏い、顔を白、赤、黒、緑の極彩色で塗りつぶしたサタン達が、大音量で楽器をかき鳴らしていた。「段々良くなる法華の太鼓」を期待して視聴を続けたが、10分程が我慢の限界であった。聴覚的にも視覚的にも、私には受け入れる度量がなかった。

翌日、私の店に頻繁に来る妖精のように可憐な女学生が、ヘッドフォンをしながらカウンターで、私の握った寿司を食べていた。シベリウスかモーツアルトを聞いているかのように見えたのだが、耳をすませると、ヘッドフォンからシャカシャカというヘビメタのリズムが漏れ聞こえてきた。

人は見かけによらぬものだ。“あの声でトカゲ喰うかやホトトギス”という川柳を想い出さずにはいられなかった。(辛辣な句であるが、「顔」ではなく「声」と控えたところに、詠み手のセンスの良さが伺われる)

そんな事を考えている時、店のドアが開いて背の高いカップルが入って来た。ヨハンソン女史が義弟のニッカネン医師と連れ立って来てくれたのだ。

自己紹介の後、ヨハンソン女史は『義弟は狩猟の趣味を止めて、ライフルを廃棄しました』と嬉しそうに話した。

ニッカネン医師は『家の中に銃があるのは良くない事だと、やっと気がつきました』といって、頭をペコリと下げた。私は酷と思ったが、『日本には“親の因果が子に報い”という古い諺があります。昔は現代のように、親と子供が別々の人格を持つという感覚が希薄でした。親が罪を犯すと子供に罰が当たると考えていたのです』と言った。

ニッカネン医師は『その諺通りの事が起きてしまった訳ですね。人が悪事を働けば、その人だけではなく、可愛い子供も罰を受けてしまう、と言う思考は日本人の道徳の向上に役に立ったでしょうね。私もその言葉を知っていれば、狩猟を趣味にはしませんでした』と言った後、それ以上は銃の事故の話は続けたくないようで、『ところで、日本人は世界一長寿と聞いています。食材のバランスも良く、医療も発達しているからと察しています。そういう環境では、国民病は無いのですか?』と急に話題を変えてきた。

気の利いた答えをしなければならない。私は『チョット待って下さい。お茶を用意して参ります』と言って時間稼ぎをした。

『元来、日本人の食は野菜と魚に、飲は緑茶に頼っていました。ところが戦後、食生活の西欧化が進み、肉食が増えました。その為、消化器系の癌が増えたように思います。ところで、北欧でも国民病はあるのですか?』質問には質問で答えるのが常套手段だ。

『北欧は太陽光が少ないので、子供達の背骨の上部が湾曲する“くる病”にかかり易いのです。』

この時、ヨハンソン女史が口を挟んだ。『そうなんです、そこで子供は日が照ると裸にされて、庭に追い出されます。私は5歳下の妹につきあわされましたから、かなり大きくなるまで裸で日光浴をしていました。子供を二人産んで体形が崩れるまでは、裸になることを恥ずかしいとは思いませんでした』

(今でも十分美しいプロポーションですから、是非ご披露下さい)と言う冗談を私はぐっと飲み込んで、ニッカネン医師に質問を続けた。

『太陽光が少ないと、どうしてくる病になるのですか?』
 『紫外線は皮膚直下の、ある種のコレステロールをビタミンDに変える働きを持っているのです。ビタミンDが不足すると、せっかく食べたものからカルシウムやリンが腸壁を通して吸収されず、児童はくる病に、成人は骨粗しょう症に…』

ヨハンソン姉弟の話を聞きながら、私は「風が吹けば桶屋がもうかる」と言う古典落語を想い出していた。紙面の無駄かも知れないが、その話の道中は「風が吹くと、埃が舞い、眼病が増え、盲人も増えて、三味線の需要が増大する。よって猫の皮が余計必要となり、その分ネズミが増えて、桶が沢山かじられる」という一見馬鹿馬鹿しい話だ。

北欧では、太陽光が少ないので、コレステロールがビタミンDに変化せず、カルシウムが吸収されない。それを回避する為に、子供は裸で庭に出される。よって裸に羞恥心を持たなくなり、その結果、北欧がポルノ・グラフィーのメッカとなった。私の脳に刺さっていた棘が、又一本取れた。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE
慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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