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2015.08.03
長井 一俊
ポリ市最大の年中行事、ポリジャズ祭が近づいた。前年私はイベント会場で10日間、日本料理の模擬店を出した。早朝から真夜中迄の激務であった。疲労と寝不足により朦朧としていたので、客達にどう対応したのか想い出す事も出来ない。私の留守の間、市内にある私の店舗も、連日観光客で満席が続いていた。ココとチャイの二人の中国娘が私の書き置きを無視して、見よう見まねで、寿司も天ぷらも作ったと言う。幸い、いちげんの観光客がほとんどであったから、クレームは無かったようだが、想像するだけでも冷や汗が出る。
それらの反省から、「今年は、イベント会場での出店を辞退します」と事務局にメールした。すると数日後、ランチタイムが終わろうとする頃、実行委員長代理を名乗る中年の女性が訪ねて来た。『2つお願いがあります。一つは貴男の事務所兼自宅を、臨時の宿泊所に使わせてはくれませんか?屋内に15組、庭にテントを張って10組、計25組の若いカップルに宿泊してもらおうと思います。準備と運営はオーナーであるキモさんから“全てホテル・ランタカルタノが請け負う”との約束を取り付けてあります。その間、貴男は当方で用意するホテルの一室を使って下さい』
町のためにもなるし、利益も見込まれるので、即座に快諾した。2番目の依頼は大問題であった。委員長代理は『実行委員長のウルキ・カンガスが“今年はVIPの客をクルザーに乗せ、ポリ市を河と海側から見せたい。その折、船内で寿司と天ぷらでもてなしたい。予算は十分に付けるので、是非引き受けてもらいたい”との言付けを受けました』(例年、VIPには外国の元首や王族も含まれているのだ)
ポリは人口的には10万に満たない小地方都市であるが、面積は1053km2と東京23区の総面積623km2よりも遥かに大きい。しかもその地形は東南にある中心部より、北西に細長く伸びている。よって市の最北端にある観光スポットのレポサリ魚市場との往復はかなりの距離になる。コケマキ河を8キロ程北上するとボスニア湾に出る。湾といっても北海に直結する外洋に等しい。天候が崩れれば荒海と化す。
私は『寿司はナマモノですから、衛生上の観点から、船上では差し上げられません。天ぷらは185度に保った大量の植物油を使いますから、天候次第では大変危険です。依頼されたのは光栄ですが、応じかねます』
『・・・・先日、“日本料理紹介”という小雑誌を読みましたが、日本料理のバリエーションの豊富さに驚かされました。なにか、適当なものをみつくろって下さい。ポリで日本食を出せる事が、市の誇りなのです』 『私は町の料理人です。宮廷料理は作れません』 『VIPといっても、プライベイトのお忍び旅行ですから、そう固く考えなくても結構です。日本料理にはKAISEKIがありますね。あの中から、ナマモノと油を使わない料理を選んで頂ければ十分です』
私が自信を持てる料理は寿司と揚げ物しかない。懐石などはとんでもない。キッパリと断るしかない。生半可な断り方をすると、実行委員長のウルキ・カンガスが直接頼みに来るかも知れない。彼からは開店祝いとして、店頭に出す大きなテーブルをプレゼントされている。このテーブルは、晩春から早秋までの売り上げに大いに貢献している。彼にノーは言えない。
私は彼女と世間話をしながら、禍根を残さずに断る方法を思案した。こんな時は、真面目に話すよりユーモアで逃げるのが上手い手だ。日本のユーモアは古今和歌集以来、駄洒落が主流である。江戸時代には町人たちの知恵の発露でもあった。
安倍内閣が誕生して、アベノミクス(枕はレーガノミクス)が提唱されたすぐ後、あるお菓子屋さんが売れ残った飴を数種類袋詰めにして「アメノミックス」として販売すると、この駄洒落が受けてテレビ・ニュースにもなった。パクリの上前をはねたところが気持ちいい。
しかし、日本語の駄洒落は異国では通用しない。それに代わるものを見つける必要がある。欧米にも駄洒落はあるが、ユーモアの主流はジョークである。言葉数が多い分だけ、意味深く、世相も詠み込める。ここ数年では、次の2つのジョークが傑作である。
一つは、前回のアメリカ大統領選で、前半優位だったオバマ候補が、資金力豊富なロムニー候補に終盤追い上げられて、接戦となった。ニューヨークでの演説会でオバマ氏は『マンハッタンに家族と来ると、どのレストランで食事をしようかと迷います。他方、ロムニーさんは、どのレストランを買い取ろうかと迷っています』とジョークを言った。これが受けて、オバマ候補は再びリードを取り戻した。
もう一つ、タイガー・ウッズの浮気が奥方(北欧系のブロンド美人)にバレて、大げんかとなった。タイガーは車で逃走を計ったが、奥方は走り出した車のフロントガラスを5番アイアンで叩き、ひび割れさせた。視界を失った車は街路樹にぶつかり、タイガーは軽症を負った。このニュースの後、タイガーの愛人達が続々と名乗りをあげて、紙面を沸かせた。以後タイガーは大スランプに陥った。一方、加害者の奥方の立場も、法律的に微妙になった。その時、夫妻の共通の友人であるゴルファーが、奥方に『今度タイガーが浮気したら、5番アイアンではなく、ドライバーを使いなさい』と言った。 このジョークが大いに受けて、以後、奥方の起訴を云々する野暮な人は居なくなった。(おまけ。古い人向け、最近の自作:今の安倍さん、山本リンダ。♪どうにも止まらない♪ お粗末、ご免)
駄洒落と違い、ジョークは即座に作れるものではない。何と断れば良いのか困り果てた。その時、委員長代理は、『一つだけ、ご注意頂きたい事があります。VIPの中には、奥様以外の方を同伴する事もままありますので、このクルーズに関しては、店の宣伝に使ったり、他言は決してしないで下さい』と言った。
しめた、と私は思った。『私は宣伝も他言もしません。しかし、日本には“人の口に戸は立てられぬ”と言う格言があります。私をアシストしてくれるウエイトレスたちは、おしゃべりと携帯が3度の飯より好きな10代の娘たちです。彼女たちに秘密を守れと言うのは、無理な相談です』と言った。格言は、ジョークのように面白くはないけれど、時代を経た重みがあり、定説(セオリー)のように、相手に「正しい事」と錯覚させる力がある。
丁度その時、昼食後に長話をしていた中年カップルが、支払いを済ませて店を出て行った。すると、レジを担当していた、この春入店した研修生が私に声を掛けてきた。『マスター、気がつきましたか?あの中年男、又違う女を連れて来たんですよ!』 委員長代理は『・・・分かりました』と言って、すごすごと帰っていった。
長井 一俊
Kazutoshi Nagai