グローバル HR ソリューションサイト
by Link and Motivation Group

グループサイト

文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大
  • お問い合わせ
  • TEL:03-6779-9420
  • JAPANESE
  • ENGLISH

COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン フィンランドで苦闘したあるビジネスマンの物語

2016.04.18

【世界最北の日本レストラン―フィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(66)】135%のショック

長井 一俊

舞い降りるカモメ

舞い降りるカモメ

ポリの春は、カモメと伴にやって来る。ポリは港町であるが、氷河の後退により、その重さから解放された地盤は、今でもゆっくりと隆起を続けている。結果、コケマキ河がボスニア海に流れ込む河口は、450年程前に形造られた現市街から西北に約8キロメートル程、遠ざかってしまった。河口付近に出来た干潟には、沢山の魚貝、ゴカイやイソメ等の海洋生物が繁殖し、渡り鳥達の格好の餌場となっている。しかし、どういう訳かカモメは、ポリの中央広場までやって来て、ベンチに座る老人や旅人の目を楽しませてくれる。

佇むカモメ

佇むカモメ

フランスの有名なシャンソン「カモメ」によれば、カモメは海で死んだ船乗りの魂だと唄われている。だから、カモメは人恋しさに街場までやって来る、と言われている。

飛翔するカモメ

飛翔するカモメ

カモメを見ると私は、レストランの開店工事に貢献し、その直後に自殺した船乗りのメリミエスを思い出さずにはいられない。私が引き取った形見である、彼がいつも座っていた椅子は、店の裏庭の軒下に置かれている。わたしは、昼間の混雑が終わって、夕方の仕込みが始まるまでの僅かな時間を、その椅子に座って休息をとる。

しかし、春が連れてくるのは、カモメだけではない。納税という厳しい現実も、時を同じくしてやって来る。無償の教育や医療、そしてゆとりある老後の年金、これらをもたらしてくれるのは、全て税金である。

北欧では、成人の多くが確定申告をする。ただし、申告手続きは簡単で、収入から、収入を得るために使った経費を差し引いて、証拠となる給料明細や領収書を添付すればよい。

日本の税制の複雑さは、控除にある。基礎控除、扶養控除、医療控除、保険控除、住宅控除・・・・。フィンランドでは、寄付控除しかない。控除が無いかわりに、手当が出る。子供が居れば子ども手当、老人には老齢年金、失業者には長期にわたる失業手当が出る。医療や教育費は只だし、塾などは存在しないので余計な出費は掛らない。

控除制度は一見素晴らしいように見えるが、長期間失業して収入が無い人は、所得税を納めないので、税控除は何の意味も無い。

北欧諸国は福祉国家と呼ばれ、天井の無い累進課税により、資本主義国家で誕生するような大金持ちになることは出来ない。収入の多い経営者でも、税引後の所得額は従業員と大差は無い。

それでは、経営者にとって、名誉以外に何のメリットもと無いか、と言えば、そうでも無い。例えば、海外旅行や会食をした時、自分の裁量で、出張費や会議費として会社の経費に計上し得る。

又、経営者は起業の際、多くの支援が自治体から与えられる。私がレストランをオープンした最初の2年間、2名の料理学校の生徒が、通勤費も含めて無償で提供された。

又、慣習として税務署は、起業した最初の2年間は、経営者の申告税額に対して、寛容な扱いをする。私はレストランを経営する以前に、電子部品の貿易会社を2年間経営していたのだが、私個人と会社が提出した税務申告に対して、一切のクレームが付かなかった。

しかし、レストランを開業してから3年目のこの春、状況は大きく変わった。私の申告した個人の納税額が少な過ぎると、税務署から呼び出しが来た。出頭してみると、待っていたのは、毎年ニコニコ顔で私の申告書を受け取ってくれる男性税務官ではなく、怖い顔のオバサンであった。

『これが、貴男が申告すべき今年の納税額です』と言って、フィンランド語で書かれた納税指示書を私の前に置いた。全部を理解することは出来なかったが、最終行に書かれた数字の大きさにビックリさせられた。納税額が、私のフィンランドにおける年収より大きいのだ。暗算してみると、税率は135%になる。『そんな、馬鹿な』と私は英語で大声を出した。そのオバサンは英語が苦手らしく、私への説明をフィンランド語でし始めた。

「天井無しで、絞り取られる」という話は聞いたことがあるが、100%を超す税額はあり得るはずがない。私は、『英語で説明してくれる人を出してください』と又大声を出した。結局、翌日に上司の税務課長と面談する事になった。

家に戻って、数字をいろいろはじいてみた。すると敵は、私が日本で得ている副収入(家族の生活費に充当している顧問料や家賃収入)を見抜き、その額を私のポリ市での収入額に加えて、納税額を算出したものと判断出来た。収入額の上昇に対する税額の累進率が、急カーブで跳ね上がる為に、合算による納税額は、ポリでの年収の100%を上回ってしまったのだ。

私は幾重もの抗弁を考えながら、税務課長と対面した。案の定、課長は若年の別嬪さんだった。税務署でも美人は出世が早いのだ。早速、私は彼女に、『日本での収入がなければ、私の家族は餓死してしまいますよ』と結論から言った。

彼女は『貴男が日本に家族を残してきたのは、あなたの選択です。ポリに連れて来ていたら、子供手当も、只の教育や医療も享受出来たのです』

なるほど、そのとおりだが、私は『こんな寒い所に、家内や娘は来ませんよ』と嫌味を言った。すると、彼女から『日本の家は木と紙で造られているので、冬は寒い、と読んだことがあります』と、逆襲されてしまった。

次に私は『日本での収入に対しては、キチンと日本で納税しています。ポリでも又その分の税金を払えと言うのですか? 税金の二重取りじゃないですか!』『貴男が日本で払った納税額は、チャンと差し引いた上で計算していますから、2重取りではありません』 たしかに彼女の言うように、私の場合、いろいろの控除が差し引かれている為、日本での納税額は僅かなものでしかなかった。だから彼女の言い分の方が正論であった。

そこで最後に私は『課長さん、よく考えてみて下さい。もし課長が商社に勤めていて、ポリで半年、後に東京で半年、働いたとしましょう。課長の月給を50万円だとすると、ポリでの半年の収入は300万円で、それに対する税率は30%程度でしょうから、課長はポリ税務署に90万円支払うことになります。

一方、日本での300万円の収入に対しては、いろいろの控除が認められますから、税金はわずか10万円程度で済むでしょう。ポリ税務署と同じように計算した場合、課長は日本の税務署に対して“私は本年度、税金を(90+10)100万円納めました”と申告出来ます。すると、日本の税務署は課長に対して、過払い分の90万円を返納する義務が生じます。10万円しか税金を払っていない課長に、日本の税務署は90万円を支払うと思いますか?』

課長は私のしゃべった事をメモしながら、『上手い事を考えましたね。そんな言い訳を聞くのは初めてです。しかし、日本とフィンランドで結ばれた外交条約では、“納税は納税地の法律に従う”とあります。貴男の理屈は判りましたが、海外での所得を合算するのが、北欧税制の大前提です。ポリで事業をやられている以上は、フィンランドの税制に従うしかありません。高福祉社会を実現する為には、徴税は厳しくなくてはならないのです』『・・・・ポリで私の生きる道は、庭を畑にして、自給自足をするしかない、という事ですね!』『ポリで納税する日本人は、おそらく貴男が最初でしょう。パイオニアはいつも、苦難に遭遇する宿命を背負っているのです』

私は彼女の美しくも冷徹な顔を見ながら、日本では“泣く子と地頭には勝てぬ”と言うが、北欧では“女性と税務署には勝てぬ”事を、実感していた。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE
慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

このコラムニストの記事一覧に戻る

コラムトップに戻る