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COLUMN コラム

世界最北の日本レストラン フィンランドで苦闘したあるビジネスマンの物語

2016.07.19

【世界最北の日本レストラン―フィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(68)】バブルの遺伝子

長井 一俊

飛翔する白頭鷲

飛翔する白頭鷲

一年で一番快適な北欧の6月中旬、「ポリの街は大自然のまっただ中にある」を思い知らされるハプニングがあった。

私がレストランの裏庭に置いたメリミエスの形見の椅子に座って、パンの耳をスズメ達にあげていた。すると突然、けたたましい悲鳴をあげてスズメ達が飛散した。椅子の上を覆うひさしの筋交いに、全幅2メートルほどに翼を広げた大鷲が舞い降りたからだ。

白頭鷲の怖い顔

白頭鷲の怖い顔

大鷲はアルバトロス(アホウ鳥)、コンドルに次いで地球上で3番目に大きい鳥と言われている。周囲の森に棲んでいる事は知っていたが、まさか街なかに舞い降りて来るとは思っていなかった。鷲は、私があげるパンの耳に集まっていたスズメたちを狙っていたのだ。

前年末に日本へ一時帰国して、合羽橋でドンブリなどを仕入れ、豚汁と共にカツ丼、天丼、親子丼をメニューに加えていた。寿司と比べて、顧客には材料原価が透けて見えてしまうので、あまり高い値段は付けられない。その結果、それまで中高年の多かった店に、沢山の若者達が来るようになった。当然、平均客単価は低下したが、夜のパブにも若者達が多く来るようになり、日本でよくある、「昼は宣伝、夜に稼ぐ」のパターンとなった。

昼一番の売れ筋はカツ丼だった。そのため、以前より遥かに多いパンの耳が生じて、自宅の獣人たちでは食べきれない程の量になった。野鳥に餌を挙げる事は禁じられていたが、捨てるのはもったいない。そこで毎日のように裏庭でスズメ達に投げ与えていたのだ。スズメ達のコミュニケーション能力は高いようで、沢山のスズメ達が店の裏庭に集った。鷲はスズメの群れを大空から見ていたのだ。

その日、久々に来店したニーミネン医師(イサドラのマフラーで私の耳と指を救ってくれたヨハンソン女史の義弟。 かつて狩猟を趣味としていた)にその話をすると、『それは、大鷲の一種“白頭鷲”です』と教えてくれた。私は恐怖のあまり、胸のポケットに入れていた携帯で、写真を撮る余裕の無かったことを悔やむと、彼は後日添付の写真を送ってきてくれた。

彼は、『しばらく寿司を食べに来なかったのは、アイスランドで遺伝子の勉強をしていたからです。DNAの異常に由来する病気が5000種類以上と判明した現在、遺伝子の勉強をしなければ医師は続けられないと感じたからです』と言う。

本来、このコラムの冒頭に書くべきだった「北欧」の定義であるが、ベルリンの壁が崩壊する以前は、普通「北欧3国」と言われ、スウェーデン、ノルウェーとデンマークを指していた。しかし、ロシアの傘から外れた隣国のフィンランド、そして同緯度にあるアイスランドを加えて「北欧5国」と言われるようになった。

アイスランドは、北海道に四国を加えた程の面積だが、人口はわずか30万程で、東京の中野区に匹敵する。9世紀よりヴァイキングはこの島をイギリスやフランスに行く中継基地としていた。よって民族のルーツは、男性はヴァイキング(主にノルウェー人)で、女性はアイルランドから略奪してきた467名とされている。又、遺伝子の解析からアメリカの原住民(インディアン)の遺伝子を持つ4家系80名が含まれ、しかもそれは一人の女性(イブ)だけに由来する事も判明していた。ヴァイキングは北米にまで足を延ばしていたのだ。

極寒の島国である事から、先住民の痕跡も無く、他民族の流入もほとんど無かった為、「血が濃く、遺伝性の疾患が多い」ことも判明した。例えばCF病(肺に濃い粘液がたまり呼吸困難になる病気)の遺伝子を25人に1人が保有していて、2500人に1人が若年時に発症するという事も判ってきた。そこで国は、1998年に新法を発布して、国民のDNAを登録制として、疾患の低減を図った。その結果アイスランドは、家系と病気の関係を研究する通称“遺伝子ハンター”の格好なターゲットになっていた。

私は遺伝子工学には全くの門外漢であったが、「私も知りたい」と、酔狂の虫がうずき出した。この月の末にはポリの町が空っぽになる夏至祭が来る。3泊4日の旅で、遺伝子工学が判る道理はないが、「一見は百聞にしかず」だ。よし、アイスランドに行ってみよう、と決心した。

ところが、簡単だと思っていた飛行機やホテルの予約がネットでは全くもって取れなかった。そこでポリで一番大きな旅行会社を訪ねると、『大分高いのですが』といって飛行切符とホテルのバウチャーを用意してくれた。欧州の最貧国、北欧の辺境と思っていたアイスランドの首府・レイキヤビクのホテル代は、ニューヨークやパリよりも高かった。訳を聞いてみると、アイスランドでは言わば『ゴールド・ラッシュ』が起きている、との事だった。

元来、アイスランドは漁業だけが産業であったが、「世界一大きな温泉露天風呂」を看板に観光産業が急速に伸び、又地熱発電技術の進化で、電力は世界一安くなった。そこに着眼した米国の大手アルミ会社、アルコアがアルミの精錬工場を造ったのだ。GDPは一気に拡大して、景気は加熱した。当然、物価は高騰し、インフレが進んだ。これに対処するために、EU諸国の動向とは逆に、高金利政策が導入され、銀行の年利は2%から瞬く間に15%まで引き上げられた。

一方この国は、小国の生き延びる道として、ルクセンブルグやリヒテンシュタインの様に、金融立国を目指し、銀行業務の完全自由化を進めていた。そこで銀行は、アメリカ同様に多くの金融派生商品(デリバティブ)を生み出した。中には円建ての“サムライ債”まであった。

勤勉な国民性と、透明性の高い政治・経済に裏打ちされたこの小国に、高い利回りを求めて、この国の年間予算(約5000億円)より数十倍多い外貨が流れ込んでいたのだ。

このあり余った金は、当然、海外の株式や不動産投資に向けられた。市民は『このまま行けば、祖先がやったように、世界を丸ごと我が国のものに出来る』と豪語し始めていた。ヴァイキングの遺伝子は脈々と受け継がれていたのだ。

バブルの崩壊を経験している日本人の私には、これはきっとまずい事が起きるとの予感がした。(案の定、2年後の2008年にはリーマンショックが世界の金融機関を襲い、それまで流入してきた外貨はアッと言う間に逆流して、アイスランドは国家破綻寸前に追い込まれた)

ニーミネン医師の計らいで、私はアイスランド大学で3人の遺伝子工学の教授と会うことができた。彼等は私に、DNAはA、T、G、Cの4種の塩基(酸と対になって働く化学物質)からなるという基礎知識から、子宮頸癌を短時間で発見するDNAチップの使用方法等、専門的知識まで教授してくれた。

又、ダウン症等重篤な病気を持った胎児を宿していることが、DNAの簡単な検査により出産前に判定出来ることになり、産むべきか?中絶すべきか?の倫理的問題も発生している事を教えられた。日本では、「それでも産む」という女性が多いのに対し、欧米では中絶を選ぶ女性が多かった。(後に、アンジェリーナ・ジョリーが発症前に、乳がんの手術を受けた理由に共通する)

夜は3教授が日替わりで、私を自宅の夕食に招いてくれた。やはりどの家庭でも、奥様方が私の話し相手をして、主人達はキッチンとリビングの間を忙しく往復していた。

食事が始まると、遺伝子の話は出ず、北欧における女性の地位について、多く話された。『役所でも会社でも、美人が出世して、得をしているのだから、美人税を創設すべきではないか』との私の冗談は大いに受けた。奥様方に、職場での男女の賃金格差について聞いてみた。すると答えは概ね、『女性社員は懸命に働き、同一賃金を受けながら、男性同様に部課長まで出世でます。しかし、その分高齢出産が増えて、重役を狙える大事な時期に、出産と育児期を迎えてしまい、その結果、役員ポストの多くは男性に占拠されてしまいます』だった。

やはり古今東西、女性は出産と育児が故に、男性より損をしているのだ。女優・原節子が言った『男児は男性が産めばよいのよ』は、けだし名言である。

長井 一俊

Kazutoshi Nagai

PROFILE
慶応義塾大学法学部政治学科卒。米国留学後、船による半年間世界一周の旅を経験。カデリウス株式会社・ストックホルム本社に勤務。帰国後、企画会社・株式会社JPAを設立し、世界初の商業用ロボット(ミスター・ランダム)、清酒若貴、ノートPC用キャリングケース(ダイナバッグ)等、数々のヒット商品を企画・開発。バブル経済崩壊を機にフィンランドに会社の拠点を移し、電子部品、皮革等の輸出入を行う。趣味の日本料理を生かして、世界最北の寿司店を開業。

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