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2015.03.23
定森 幸生
グローバル・ビジネスの本質は、製品やサービスの深化・革新によって様々な市場ニーズに応えるため、日本だけでは得られない最適の経営資源(management resources)を世界中から総動員させてフル活用することです。経営資源の中でも、特に「ヒト」、すなわち人的資源(human resources)は、その時々の感情や心の動きによって言動が変化する“生身の”人間が対象ですから、各個人が優先する目標や価値観によっても、また、一人ひとりの能力、識見、仕事に関する目的意識、向上心、成果達成に向けた情熱や使命感の強さなどによっても、そのパフォーマンスには大きな差が生じるものです。さらに、就労環境やその人の組織内での立場や責任の範囲・大きさ(例えば、日本企業の海外拠点で日本本社派遣の管理職の部下として、限定的な職責を果たすホスト国社員の場合など)、個々の業務やプロジェクトに関わる社内外の人間関係などによっても、モチベーションの程度は変化します。
したがって、グローバルなビジネス環境で、さまざまな出身国、文化圏、人的背景、就労動機などをもった人たちと一緒に仕事をする際、「自分が相手に行動して欲しいことを、相手が少しでも進んで行動してくれるように動機付ける(to motivate the person to do what you would like him or her to do)」ことを常に念頭においておくことが大切です。特に、管理職として、自分の部署のメンバーのモチベーションを高め、各メンバーの役割を積極的に果たすよう動機付けするためには、第1回のコラムで触れたように、文化的先入観や固定観念を排除して、個々のメンバーと「二人称」で向き合うことが基本になります。そして、その人固有の行動特性が、職場での上司や同僚などとの人間関係からどのような影響を受けているのか、また、その人の職業倫理や優先事項や判断の尺度は何かなどを、日々の仕事振りや言動を綿密に観察し、濃密なコミュニケーションを重ねながら正しく判断する眼(insight)と、その時々の相手の立場や感情を思いやる心(empathy)が決定的に重要です。それが、人事管理にとって不可欠だからです。
人事管理とは、人事部の固有の仕事だと思われがちですが、そうではありません。人事管理の本質とは、経理・財務・総務・法務などの管理部門はもちろん、営業をはじめ研究開発、設計・製造部門などのライン現場を含めたすべての部署で、上司や部下や同僚、さらには関係する他の部署の人たち(人的資源)が協力し合って、組織全体の業績目標を達成する日常的な工夫や真摯な努力をすることです。その活動をリードするのが、それぞれの部署の管理者の第一義的な責任です。それに対して、人事管理に関する人事部の第一義的な責任は、各現場での人事管理の活動が全社的な経営理念や戦略目標と整合性を保てるような諸制度を設計し、組織の全体最適を実現すべく諸制度の運用実態をモニターし評価し、経営幹部の意思決定の判断材料を提供することです。
人事管理の重要な焦点は、毎期末の業績評価(結果の評価)の技術的方策だけでなく、次年度以降の組織目標を達成するために必要な個々人の能力・適性(コンピテンシー)と個人の自己実現の目標を的確に把握する手法、個々人のプロとしての成長を支援・助長する施策も含まれます。欧米企業の中には、組織内での人材の育成にコストや時間をかけても、競合企業に引き抜かれたり転職されると、自社での人材育成努力が無駄になるので、個別の事業戦略やプロジェクトに即して必要なスキルセットを身につけた人材を適宜採用し、業績評価の結果が期待外れだった場合はすぐに解雇したり冷遇する例も少なくありません。グローバル化に向けて、そのような企業との競争を念頭に、日本企業は、従来の内部人材育成をやめ、欧米型の人事管理制度を導入すべきだという論評も最近多くなりました。
しかし、グローバル・ビジネスは、それほど単純なものではありません。また、「欧米」企業とひと口に言っても、個々の企業の経営理念によっても、その企業が属する業界の規範や労働市場の実態によっても、人事管理の実態には多様性があります。また、いくら経営環境や事業戦略の変化が顕著な時代であるといっても、その変化のスピードに合わせた機動的な人材育成策を設計し実施することは大変有意義なことでしょう。なぜなら、製品やサービスの深化・革新によって様々な市場ニーズに即応するというグローバル・ビジネスの本質的な目標を追求する企業にとっては、最も重要な経営資源である人的資源の絶え間ないupgradeは、市場に対する重要な責務だからです。ただし、そのような upgradeを実行する際、その企業が社員と共有すべき大切な経営ビジョンや価値観に照らして、会社がコミットする社員の成長支援の対象となる具体的なコンピテンシーとupgradeまでの時間軸を特定し、会社の期待を対象者に周知徹底することが必須条件となります。
定森 幸生
Yukio Sadamori