グローバル HR ソリューションサイト
by Link and Motivation Group

グループサイト

文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大
  • お問い合わせ
  • TEL:03-6779-9420
  • JAPANESE
  • ENGLISH

COLUMN コラム

グローバル人事管理の眼と心 日本国内の日常業務から培うグローバルな仕事力

2015.08.10

【グローバル人事管理の眼と心(7)】成果を挙げ続ける人材集団を構築する条件(その2)

定森 幸生

<会社と個人の「時間軸」の乖離>

海外市場での事業展開においては、日本市場での事業展開以上に短い「時間軸(テンポ)」で企業活動の成果を確実にあげること、そして成果を持続させることが期待されます。わざわざ外資系企業を受け入れたホスト国のステークホルダーの利益という視点で考えれば、当然のことです。ホスト国の国内企業と大差がないか、それより劣る成果しか挙げられない外資系企業は、ホスト国のステークホルダーの厳しい評価に晒されるからです。特に、ホスト国の優秀な人材の目には、就職先としては魅力のない存在と映るものです。

 

成果目標を達成するまでの時間軸(テンポ)の違いは、事業運営のテンポだけでなく、ホスト国人材と多くの日本本社の一般社員の自己実現のテンポの違いにも現れます。海外に進出している多くの日本企業の人事管理責任者の間で、「この国は経済成長が目覚ましいので、従業員の定着率は低く、優秀な人材は2~3年以内に辞めてしまう。」「引き止めるために思い切って給与を市場の標準より大幅に上げたけれど、それでも定着率は改善しない。」「やはり国民性や文化の違いが原因だ。」という嘆きをよく耳にします。しかし、「定着率」問題の主因は、その国の経済発展のスピードのせいでもなければ、国民性や文化の違いのせいでもありません。米州でも、欧州でも、極東、東南アジア、南西アジア、中東、オセアニア等々あらゆる地域においても同様に見られる現象です。それを言うなら、日本においても、外資系企業はもちろん、程度の差はあるにしても日本企業の日本人社員の間でも、同様の現象は見受けられます。

優秀な人材が会社を辞める最も顕著な理由は、「自己実現の目標とテンポ」と、「企業が想定する職務内容の発展拡大の可能性とそのテンポ」との間に、大きなギャップがあることに尽きるのです。つまり、能力とモチベーションの高い個々人の「成長の速さ(=職務習熟度やより難易度の高い職務への適応性を達成できるテンポ)」と、「企業が想定する不特定多数の社員の成長の速さ」との間の乖離が著しいことが原因なのです。音楽に例えれば、アレグロとアダージョ、ポルカとセレナード、あるいは、マズルカとノクターンほどの違いと言ってもよいでしょう。会社業績に貢献する成果をあげ続ける実力を身につけるためには、スポーツ競技に必要な身体能力を鍛えるのと同様に、ある程度の迅速性と俊敏性を、事業運営に必要な自分の知的・精神的技能の成長のエネルギーとして、仕事の要求度を持続的かつ加速度的に高め続ける経験を積まなければならないということを、優秀な人材であればあるほど強く自覚しているものです。したがって、海外拠点で優秀な人材をある程度長期にわたって引き留めるためには、「成果に対する報酬として、単発の大きな金銭的インセンティヴ(incentive bonus)よりも、さらに難易度の高い仕事を与えることを優先する」という施策のほうが、戦略的に遥かに有効です。

優秀な人材にとっての自己実現のモチベーションが、金銭的報酬や文化的特性に左右されるものと短絡的に結論づけることは、人事管理責任者の思考停止にも等しく、問題の本質から目をそらした見立て違いでしかありません。そのような考えに基づく的外れの施策で貴重な経営資源を浪費すること自体が、戦略的な人材マネジメントの大きな阻害要因となり、いつまで経っても定着率の問題は解決しないということを、人材マネジメントの責任部署ははっきり認識する必要があります。優秀な人材が給与に関する不満を持ち出す裏には、殆どすべての場合、給与以外の様々な不満や失望などの主因があると言っても過言ではありません。安易な給与のバラマキは、「お金さえ払えば社員の心を掴むことができるという経営陣の無神経(insensitivity)と傲慢さ(arrogance)」を印象付けることになり、むしろホスト国のステークホルダーに対する会社の品格を損ねるリスクさえ孕んでいます。

<日本本社の人事制度の海外適用>

海外進出する日本企業の多くは、日本での会社設立以来、数十年あるいは百年を超える成長の歴史があります。そのような企業は、一般に、日本本社で採用する社員については、日本人の新卒の定期採用が主体で、転勤を含めさまざまな仕事を幅広く経験させながら、基本的に殆どの社員を定年まで育成し活用することを想定した人事制度を運用しています。 最近でこそ、必要に応じて外国人や実務経験者の通年採用、中には外国人経営幹部の起用を行う企業なども増えていますが、従業員の大半は新卒の長期雇用を前提に採用しています。数千人、あるいは数万人の社員を擁する企業であれば、管理職登用までに10数年を必要とする昇進・昇格管理を行っているのが一般的です。そのこと自体は、これまでの日本社会の雇用環境に馴染む極めてノーマルな人事慣行でした。

だからと言って、本社の人事制度の設計思想を経営理念(mission, vision and values)と同様に海外拠点でも共有させたいとの思いで、日本本社の人事制度を、給与の実額と福利厚生給付内容をホスト国事情に即して手直しするだけで、本質的に殆ど同じ内容のまま準用することは非常に危険です。特に、海外進出してからの年数が少ない企業や、ホスト国社員数が百人単位の海外拠点の場合は、数千人規模の社員を想定した日本本社の人材育成・登用の基準を、労働市場の現実が異なるホスト国で、しかも、自己実現の時間軸(テンポ)が大きく異なるホスト国社員に対して機械的に適用することは、非現実的と言わざるを得ません。

日本では歴史と実績のある企業であっても、ホスト国の事業所がstart-up企業に過ぎないオペレーションでは、その事業所内で責任の大きいポジションで活躍しているホスト国の人材の姿が見えなければ、優秀なホスト国人材が理屈抜きで違和感を覚えるに違いありません。端的に言って、ホスト国市場で長期的な事業活動の実績が乏しく、ホスト国社員を戦略的なポジションで処遇した実績もない企業が、「真面目に10~15年勤務すれば人事考課の成績次第では管理職に登用されるチャンスがある人事制度になっている」という説明をしても、若くて上昇志向の強い“ハイテンポ”の優秀な人材に対しては殆ど説得力がありません。場合によっては、人事制度の中味にリアリティが感じられないことに対する不信感や不満感を募らせる可能性すらあり国によっては訴訟の遠因にもなりかねません。経営理念は輸出して共有することができますが、人事制度は運用環境が合致がしない限り、輸出しても有効に機能しないものなのです。

次回は、日本本社の人事制度の海外適用に関して、「歴史観」に基づく教訓について考えてみます。

定森 幸生

Yukio Sadamori

PROFILE
1973年、慶應義塾大学経済学部卒業後、三井物産株式会社に入社。1977年、カナダのMcGill 大学院でMBA取得後、通算約11年間の米国・カナダ滞在を含め約35年間一貫して三井物産のグローバル人材の採用、人材開発、組織・業績管理業務全般を統括する傍ら、日本および北米の政府機関・有力大学・人事労務実務家団体・弁護士協会などの招聘による講演、ワークショップ、諮問委員会などで活躍。『労政時報』はじめ人事労務管理専門誌への寄稿・連載も多数。2012年に三井物産株式会社を退職後、グローバル・プラットフォーム設立。企業や大学の要請で、グローバル人材育成関連のセミナーやコンサルテーションを実施する一方、慶應ビジネススクール、早稲田ビジネススクールで、英語によるグローバル・ビジネスコミュニケーション講座を担当、実務家対象の社会人教育でも活躍中。

このコラムニストの記事一覧に戻る

コラムトップに戻る