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2015.11.30
定森 幸生
海外での人材マネジメントにおいて、「特定個人」と「特定多数」の管理を有効に行うためには、社員の職務の「差別化」を徹底することが欠かせません。
職務の差別化とは、戦略上の必然性に基づいて、仕事を通じて個々人に期待する役割や成果責任(コミットメント)の大きさを区別する社員区分のことであり、仕事に直接関係のない個人の属性(人種、性別、年令、国籍など)による不合理な人的差別ではありません。
職務の差別化によって、異なる役割を担った社員の間には、給与体系や研修・能力開発体系を含め、複数の異なる処遇や待遇面の取り扱いが存在すること自体、戦略上の必然性から極めて自然なことであり、米国などで神経を尖らせている「雇用差別」にはあたりません。社員はすべて会社の大切な資産だから「心をひとつにして社業発展に尽くしてもらいたい」という理念と、社員をその役割に応じて区別することの意義を混同してはいけません。皆同じ会社の大切な仲間だからといって、職責やミッションが大きく異なる社員を同一待遇としたり、職務内容が変わらないのに一定年数を経たからといって「昇格」の対象とすることは、却って不公正ですし、場合によっては逆差別にもなります。
雇用差別問題に神経質な人材マネジメント先進諸国においてさえ、と言うより差別に敏感であるからこそ、多くの企業の人事制度では“Classification of Employee Status”という従業員分類の項目が定義されています。これは、異なる役割を担う従業員を、給与・福利厚生など様々な処遇や待遇面での取り扱いに関して、明確に区別(差別ではない)し、それを正当化する目的で定めた規程です。
分かりやすい例を挙げれば、就労時間による区分として、
●Full-time regular employees(フルタイムの正社員)
●Part-time regular employees(パートタイムの正社員)
●Temporary employees(臨時雇用の社員)
などがあります。因みに、正社員をpermanent employeeと呼ぶのは、特に海外では“(定年すらない)終身雇用”を保証するかのような誤解を招くので適切ではありません。
また、職責による自己裁量権の大きさの区分として、
●Exempt employees(管理職、専門職、経営幹部を補佐する特定の職務)
●Nonexempt employees(非管理職、補助業務担当者など)
がある。ここで言う exempt の意味は、exempt from close supervision(細かい管理監督の対象から除外される)ことで、結果的に exempt from overtime pay(残業手当の支給対象外)ということになります。
従業員区分は国によって多少異なりますが、重要なことは、これらの分類によって、職務内容、勤務時間、勤務形態、その他の就労条件も異なり、それに応じて待遇も当然異なるということです。残業手当の支給の有無はもちろん、健康保険、団体生命保険、企業年金などの福利厚生関連給付の有無なども、それぞれの国の法令の範囲内で規定されます。また、一つの企業の中でも複数の組合との間で締結された異なる内容の労働協約が存在する場合があります。
的確な「職務の差別化」をすることによって、新規採用や内部登用の過程で、会社の経営方針や事業戦略に基づいて求められる職務特性と、その職務の遂行に必要な能力・適性(competencies)に焦点を絞ることができるので、結果として、仕事に直接関係のない個人の属性(人種、性別、年令、国籍など)による人的差別を防ぐことも可能になります。
グローバル人事管理の必須命題として、ダイバーシティ・マネージメントが広く議論されるようになりました。ダイバーシティ・マネジメントについては別稿で詳しく説明する予定ですが、本来の趣旨は、日本で強調されている「職場での女性の積極活用」という狭い概念ではありません。上述のように、仕事に関係のない個人の属性(人種、性別、年令、国籍など)による人的差別を排除しながら、業務上の必然性や合理性に基づいて社員の雇用形態、就労形態、待遇などを多様化して管理する人材マネジメントの基本概念のことです。
外国人労働力がまだそれほど多くない日本国内でも、個人の価値観、ライフ・スタイル、ライフ・イベントなどの多様化によって、労働市場の状況も流動的になりつつあります。企業が戦略上のニーズに適した人材をタイムリーに獲得し、高いモチベーションを維持しながら社員に仕事をしてもらえる人材活用のプラットフォームを作るために、「“職務の差別化”と“社員の役割区分”」は、その重要な環境整備の要素となります。
定森 幸生
Yukio Sadamori