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2016.01.04
定森 幸生
第11回で採り上げた、海外拠点での「特定個人」と「特定多数」の管理を有効に行うための合理的な社員の役割区分(差別化)に欠かせないツールとして、職務記述書(job description)があります。職務記述書というのは、社員一人ひとりの業務について、代表的な職責や任務(duties)を簡潔に定義した書類です。自由裁量の余地が少ない標準化された定型業務の場合は、多くの社員に同一の職務記述書が適用される場合があります。その反面、特定の機能や役割を担う組織の管理職や専門職など、他の業務との差別化が容易な業務については、その職位(position)固有の具体的な職責が記述されるのが一般的です。この場合は、職務記述書(job description)ではなく、職位記述書(position description)と呼ばれます。
人事労務を統括する組織の長の職責の例としては、下記のような記述があります。
・Formulates policy and directs and coordinates industrial relations activities of organization. (方針を設定し、労使関連業務の指示・調整をする。)
・Formulates policy for subordinate managers of departments, such as employment compensation, labor relations and employment services, according to knowledge of company objectives, government regulations, and labor contract terms. (組織目標、法令、労働契約条件などを踏まえ、報酬、労使関係、福利厚生などを担当する直属の課長の職務方針を設定する。)
・Analyzes wage and salary reports and data to determine competitive compensation plan. (賃金・給与の市場調査を分析し、社外競争力のある給与体系を設計する。)
・Prepares personnel forecast to project employment needs. (人材の雇用ニーズの分析・予測を行う。)
・Writes and delivers presentation to corporate officers or government officials regarding industrial relations policies and practices.(経営幹部や監督官庁に対して労使関係の方針や運用に関する文書および口頭の報告を行う。)
(出所:US Department of Labor編纂の Dictionary of Occupational Titles:通称DOT)
職務記述書に記載される職責の数や内容は、職務の性格(管理・監督業務のような裁量権の大きい業務、専門性の高い業務、裁量権の少ない定型業務など)によって異なります。業種(occupation)や個々の会社組織の規模によっても異なります。また、職務記述書には、記述された職責を果たすために求められる資格、知識、技能、適性などの合理的な職能要件も記述します。人事労務管理の職務を例に挙げれば、下記のような記述が考えられます。
【Required Competencies and Qualifications (職能要件)】
Recruitment, selection and retention, human resources development, compensation and benefits administration, performance management, diversity management, communication competencies, employee classification, employment-related laws, management of organizational behavior(求人・選考・社員の定着、人材開発、給与厚生管理、業績管理、ダイバーシティ管理、コミュニケーション能力、社員区分管理、雇用関連法規、組織行動管理)
職務記述書を採用選考に使う場合には、職能要件の中に経験年数を含めることもあります。その場合、
“5-7 years of experience in recruitment, selection and retention, human resources development, compensation and benefits administration”(5~7年間の求人・選考・社員の定着、人材開発、報酬・福利厚生管理業務の経験)
のように記述します。新規に社員を採用する場合はもちろん、在籍する社員に対しても、会社の今後の事業戦略の変化に柔軟に即応して、職責については増加・拡大の可能性があり、それに呼応して各社員の職責や職能要件が高度化する可能性があることを、社員に説明し理解させておくことが大切です。
因みに、「仕事」にあたる英語は、次の6種類が基本になります。
① task=計算すること、チェックすること、来客の対応など、具体的な業務の最小単位のことで「課業」と呼ばれます。
② duty=複数の task からなる業務の領域で、「職責」「任務」にあたる言葉です。
③ position=個々の組織の中で一人ひとりが果たすべき「課業・職責」の集まり(a set of tasks and duties)のことで、「職位」という日本語が使われます。一つの会社の中には社員の数だけ position が存在します。必ずしも地位の上下を意味するものではありません。
④ job=同一または類似の職位を一つのグループにまとめたもの(a group of positions)で、「職務」と呼ばれます。給与水準などについて、社内外との相対比較のベースになります。
⑤ occupation=多くの企業や組織に共通して存在する「職務」を、組織内の固有の呼称に関わらず一般化して呼ぶ場合の言葉(a general class of jobs)で、「職種」「職業」にあたります。
⑥ career=個人が職業人生を通して経験する「一連の職務」(a sequence of jobs)のことで、「キャリア」「職務経歴」と呼ばれます。
グローバル・ビジネス環境のもとで職能要件を定める際には、その職務の遂行に密接的かつ合理的な関連性がある職能要件に絞ることが大変重要です。特定の文化的、人種的、宗教的バックグラウンドや、その人の努力では克服しがたい人的属性をもつ個人を差別したり、不当な負担を強いる可能性のある要件の記述は決して含めないことです。このコラムの第1回と第2回で、文化的固定観念で人を判断したり、仕事と関係のない文化的特性(cultural traits)を話題にすることの危険性を強調した理由のひとつは、この問題への認識がグローバル・ビジネスでは不可欠だからなのです。
学歴を職能要件に加える際は、特に注意が必要です。定型的な事務処理が中心で高卒程度でも十分な職責に対して、大学卒であることを要求することは、多くの場合、特定の人的属性の人を排除する意図があると見なされます。典型的な議論として、「低所得層の家庭の子弟は相対的に大学進学が困難である。この国の低所得層の大半が特定の文化的、人種的およびその他人的属性の人たちで占められている事実に鑑み、大学の学位と関係のない職責に大学卒を要件とすることは、マイノリティを排除する意図の証拠である。」という主張があります。したがって、特定分野の専門知識が必要な職責については、単に「大学卒」ではなく、例えば「bachelor’s degree in human resources management, organizational behavior, industrial psychology, or its equivalent(人事管理、組織行動学、産業心理学の学士号、またはそれとの同等の学位)」のように、具体的な知識習得の領域や程度を記述する必要があります。
次回は、職務記述書の作成と更新について考えてみます。
定森 幸生
Yukio Sadamori